到達
二話同時投稿です。前を見てない人はそちらもお読みくださいm(_ _)m
「【処刑する炎】。」
「くそっ、まだあんのかよ!?」
攻めきる前に回避を余儀なくされた獣人が悪態をつく。既に周囲は時折放たれる火以外の光源を失い、夜の暗闇が包んでいる。
いまだにつきる事のない魔力が生み出す炎が次々と彼を狙い放たれる。その隙を着いた風の刃が彼に襲いかかった。
「【壁となる炎】。」
魔力を多く消費する広い範囲に炎を出す事はせずに、詠唱し壁となる炎を生み出す魔法で広い範囲に広がる弾幕を防ぐ。前後にずらして打たれた魔術はそこに残る壁によって次々と打ち消された。
「こっちからも贈り物だ!」
獣人の声が響き、継いで崖が轟音をたてて崩れる。崖崩れを更に魔力を使い、広げた【壁となる炎】で完璧に防ぐ。魔術が燃え尽きて溶岩が流れ落ちる中、魔法を解いてその身に炎を纏う彼が見えるのと、崖を蹴り、人間の隊長の側に獣人が着地するのがほぼ同時。
人間達の魔術弾幕や追い風と共に獣人が突進した時には彼は既に半身で迎撃の姿勢をとっていた。
「うらぁ!」
「はっ!」
二人の足と籠手がぶつかり、炎が迸る。先に引いたのは熱さに耐えかねた獣人だが、そのタイミングで魔術弾幕が彼に襲いかかる。
火を纏う彼は即座に後ろに跳ぶ。その反応の速さは【炎の鎧】を発動する前とは格段に差がある。反射神経、身体能力、肉体の強度を著しく高める攻防一体の鎧は彼の突き出した腕が、先程の獣人が投げ飛ばした岩によって砕かれる未来を回避する。
「ちっ!やっぱり頑丈になってやがる。固さは変わんねぇのが意味わかんねぇな。」
「パンテル殿、それはおそらく肉体を構成する物質同士の結び付きが強化されているのでしょう。似たような魔術がありますがかけますか?」
「いや、いい。あんたらの魔力は温存しといてくれねぇときついだろうよ。」
会話がそれ以上続く前に彼の繰り出す火の玉が襲い、散り散りに回避する。
「あぁ、あまり、手間を、かけさせないで、早く、悪魔の心臓を、渡してくれないかな。まだ、殺さずに、動けなくするのは、経験不足でね。特に、獣人の、彼は、殺してしまうかも、しれないから、あんまり、迫らないで、くれないか?」
「だぁっ!かったるい!話すなら、もっとさっさと話せや!」
「そうか、渡して、くれないのか。では、しょうがない。君たちは、あきらめて、彼女を、追うことに、しようかな。」
「話聞けやコラァ!」
獣人は先程の話を聞いていなかったのか、さっきまでと同じ様に突っ込んで来る。それを彼は、数百の火の玉で答えた。
「邪魔だよ?」
「はっ?なんだよこれっ!?」
魔術の発動が間に合わない人間。それらを焼き飛ばした火の玉は獣人が回避したものだ。守るとは口先だけか。
「がはっ!てめえ、化け物かよ...。」
「今のを、数個しか、当たってない、君の事を、言うのじゃあ、ないかな。」
まだ意識の保たれている獣人だが、左の上半身と右足はもうまともに言うことなど聞かないはずだ。だが...。
「さっきの、人達。十人以上、いたけれど、ニ割の魔力にしか、ならなかったよ。これでは、五割に、少し、届かない。十分に、侯爵領地を、襲うためにも、君の魂も、貰おうか。」
「っ!」
残る右目を見開く獣人に、マナを集めて火の玉を放つ。我の魔力を喰っていないただの火の魔法だが、これを燃やす程度なら充分すぎる物だ。
夜闇に照らしだされた右目は、やがてそっと閉じられた。
「お嬢様、セメリアス領地です!」
「うぅ、着きましたの?」
頭痛を訴える働かない頭でなんとか御者の言葉を飲み込む。
まだ完全に日が暮れて一時間程度だが、残りの魔力や馬の具合、通路なんかをガン無視してただひたすらに早く動いた馬車はもうセメリアス領が見えるところまで来たらしい。ということは援軍は出ていないことになる。
手紙には万全をきして全てを書くわけにはいかなかった。だから、本当に急だとは伝わらずに危険だと言うのが大きく伝わったのかもしれない。そうなれば完全な軍を整えるために遅れた可能性もある。行軍した後の戦闘を考えれば夜明けと共に出たほうが都合もいいから、それも予想はしてたけど。
「誰か、魔力の回復薬を!お嬢様の魔力が急低下し、危険な状態なのだ!」
「いえ、命の危険はまだありませんわ...。」
「まだ、ですからね?」
いつになく御者さんが怒ってる。多分、何度か魔術発動しようとしたのがバレてるな、これ。
「エレシア!どうしたというのだ!?
何故護衛が少ない?此度、隊長となったものは誰だ!?」
お父様が駆けつけ、その後護衛達に振り返り問いただした。でも、今回護衛が少なくなってるのは命令違反で付かなかった訳じゃなくて、私の読み違いで置いてくる事になっちゃったからなんだけどね。
「お父様、隊長は半数の人と共に殿を名乗り出て、襲撃の場にとどまっております。この者達は魔力が残っていて、怪我の酷かった者達です。」
「なに?あれだけの護衛に獣人までいると言うのにか?」
「火の魔法使いが反乱軍にいます。おそらく悪魔の心臓という物を狙い私をおってきます。」
「火の魔法使い?...っ!王都を焼き討ちにした契約者か!」
「それとソフィア様と私の弟弟子を殺した者でしょう。」
「先生を!?...そうか、亡くなられたか。」
王都では、知らない人もいない話だから手紙に書き忘れてた。こんなに遠い東にまで、話を持ってくる者はいなかったのかお父様は知らなかったみたいだ。
「そいつはここに来るのか?」
「恐らくは数日中に。」
「そうか、御苦労だったなエレシア。お前はもう休むといい。
陣形を整えろ!敵は王都を火の海にし、我らが盟友ナイアース家の跡取りを襲い、偉大な我らの師を無情にも殺し、あまつさえ我らの戦友とエレシアさえ襲った契約者だ!絶対に許すな!ここで討ち取るぞ!」
お父様の宣言にセメリアス家の衛兵達が怒号を揚げ答える。セメリアス家の衛兵達ってこんな声出たんだなと思いながら、その声に安心した私はゆっくりと意識を失った。




