35話 隠者達の始動
「ロディーナ姉様!お兄様の大切なお客人にあまりはしたない真似はしないでください!」
「あら、ティアったら、ノックは?」
「とにかくその方の髪を放して上げてくださいな。」
「ティアがいうなら、しょうがないですわね。」
名残惜しそうに私の短くなった髪から手を離したロディーナ王女様の対応に心底ホッとする。内心、王族が近いという事で緊張し通しだったんだもの。救世主も王族ですけど。確か第三王女のスティアーラ様だったはずよね?なんで避難してないのかしら。
「それでそちらの美人さんは何方かしら?皆でお茶会でもいたしますか?」
「「いえ、それは遠慮します。」」
半獣人の人と声があった。やはり王族とのお茶会は私たちには荷が重いわよね、と思い頷くとかなり驚かれた。なぜ?
「そう、残念ね。では、好きな殿方の話でも聞かせて下さるのかしら?」
「「それはあり得ません。」」
今度はスティアーラ様と半獣人の人が揃った。お互いに深く頷いている。今度は驚かないのは何故?
「では、その方は何故ここにいらしたの?」
「見張り兼護衛です。あと僕は女性ではありませんから、お茶会も好きな殿方の話もしません。」
「「え?」」
王族の方の驚いた顔はシアがアロシアス様にしでかした一件以来ね。
「お前は驚かないんだな。珍しい。」
「似たような人をずいぶん前に知っていますから。それと女性にお前はやめてください。」
「さっきお茶会なんてしないと言った時に頷いたのは?」
「あれは荷が重いという事で...もしかして女装した男性と思ったのですか!?」
「髪の説明がつくだろ。」
「これはお嬢様についていくとの覚悟です!」
「あぁ、なるほど。」
「それにその理屈だとスティアーラ様が男性になります。」
「あれはロディーナ王女様に色恋沙汰は禁止だと王子に言われた共通認識だ。」
半獣人と言い争う間に王女様方が気を持ち直したようだ。そんなに衝撃だったのかは疑問に思うけど。
「まさか男性とは思いませんでした。失礼しました。」
「えぇ、ティアから女性だと聞いていたのもあって誤解しましたわ。」
「初対面の時には女性の側仕えの格好だったのですわ。あれは気づきません。」
「...変装の練習であって、趣味ではないぞ?騙される方が悪い。」
視線で疑問を訴えると弁明してきた。けど、その弁明はすごく聞き覚えがあるわね。
「さぁ、ロディーナ姉様。することも無いのでしょうしお兄様の手伝いに行きましょう。」
「まっ、待ってティア。今視線で言葉を交わす男女が目の前に!しかも二人とも美しいのよ!戦禍の迫る城の中で」
「戦禍を迫る前に追い払うのが王族の役目です、ロディーナ姉様。」
「お願い、待ってティア。後生ですわ~。」
...城下町では、「女神」として知られる美しき才女のかなり珍しい部分を見た気分ね。かなりの大魔術師と聞いたのも、黄金の水晶に乗って飛んでいたことから確かなのだろうけれど随分と、その、えと、親しみやすそうな人なのね。
「18才の妹に引きずられる27才の王女様か。笑えばいいのか?」
「いえ、それはダメかと。」
この半獣人も謎ではあるのよね。
あの人はなんで獣人と...いえ、今はそうではないわね。
「とりあえず、シアを助けにいきたいの。手伝ってくれない?」
「城は包囲されてて無理だ。」
「貴方ならお城側にあるスラムから出る方法も知ってそうだけど。」
「...君達のいたとこ?」
「貴方のお父さんの住んでた所だと思うのだけど。」
「...今それ重要?」
「貴方の口から聞きたかっただけ。もう十分よ、一目見て分かってたし。」
「...人の記憶は変わるもんじゃない?親父の若い頃知ってたってそれだけじゃ」
「忘れないわよ。初恋だもの。」
「......はっ?」
「行きましょ。私の護衛なんでしょ?」
進みながら私は彼に訊ねる。
「貴方の名前は?」
「...この流れでそうくるんだ。はぁ、面倒くさい事を引き受けちゃったな。僕はエピスだ。呼び捨てで構わないよ。」
「そう。私もお前や君じゃなくてカーネと呼んで。よろしくね、エピス。」
「...あぁ、お嬢様と彼女はナイアース家と付き合いが深かったな。それでこんなに破天荒に?...」
なにやら呟き続けるエピスは後から来るだろうし、私は部屋を抜け出す。シアの書いた魔方陣を使うことぐらいは私にも出来る。半獣人でも、パンテルのように追うことは出来るはずよね。念のために香水を薄くつけておいて、「消音」と「不可視」を発動する。夕暮れの終わりを告げるように赤い城を出て包囲の内側、貴族街の屋根から包囲の上を風を起こして跳ぶ。そのままスラムに着地...あっ、待って。思ったより高い!
「ったく、むちゃくちゃだね君。そんなに焦ってもいいことないよ。感情は高ぶり過ぎたら押さえないと。」
横抱きに抱えられエピスに拾われてしまった。なんだか不服ね、これ。本当は上手く着地する予定だったのに。
音もなく着地した彼はすぐに影に溶け込むように消えた。驚いていると彼の声がする。
「「影潜り」って魔術だよ。影の中なら音や気配もなく移動できる。香水の匂いを辿っていくから早く動いて。」
予想外な戦力に嬉しく思いつつ、スラムの隠れ家へ私は駆け出した。




