哀愁のポット大臣
騎士たちが応接室を出ると、エレンは心配そうな顔で、
「ねえ、カトリーナさん、あんなこと言って、大丈夫かしら?」
「大丈夫かもしれないし、あんまり大丈夫じゃないかもしれない。でも、相手の言い分を呑むわけにはいかないから、この際、仕方がない。多分、なんとかなると思うよ」
根拠があるわけではないが、わたしはもともと楽観派だから。それに対し、エレンは悲観派なのだろう、うつむいて何やらブツブツとつぶやいている。
やがて、エレンは「よし」と気合を入れて顔を上げ、
「ごめんなさい。これからカトリーナ学園で会議があるから、行かなくてはならないわ。でも、頑張りましょう。負けないでね」
エレンは最後にわたしの手を握り、バタバタとあわただしく駆けていった。なんだかよく分からないが、エレンもいろいろと案件を抱えていて忙しそうだ。
交渉が終了(決裂)したことで、この日の仕事はお終い。寝室でいつもの作業服(メイド服)に着替え、執務室で適当にくつろいでいると、ドアをノックする音がして、
「失礼いたします、カトリーナ様」
最近ますます髪が薄くなった(ように見える)ポット大臣が、おずおずと入ってきた。
「先ほど、騎士会の連中が、何やらカリカリして館から出て行きましたが、交渉では、一体、どのような話になったのでしょうか?」
「早い話、交渉決裂よ。帝国法務院に訴えるとか言ってたわ」
「あちゃー……」
ポット大臣は天を仰ぎ、額に手を当てた。
「どうしたの? そんなに驚くようなことじゃないでしょ」
「しかし、カトリーナ様、裁判ですよ。本当に裁判になれば、判決で運命が決まってしまうのです。どんな判決が出るか、正確に予想することはできないです」
「そりゃ、そうでしょう。最初から結論が見えてるなら、そもそも訴えを提起する必要はないわ」
「確かに、それはおっしゃるとおりですが、やはり話し合いで、お互いに譲り合って穏便に済ます方が、お互いにとって利益になることもあるのではないでしょうか」
でも、今までは伯爵側が譲歩しすぎて、騎士会をのさばらせていたのではないか。伯爵と騎士会の板ばさみになっていたポット大臣にとって、平和的に事を収めるのが最善ということは理解できるにせよ。
「何はともあれ、こうなったら後へは退けないわ。騎士会に本気で裁判で争う気があるかどうかは分からないけど、とりあえず裁判の準備だけはしておかないと」
「はぁ~、分かりました。そのようにいたします」
ポット大臣はとぼとぼと事務室に戻っていった。後ろ姿には、なんとも言えない哀愁がただよっている。これまで自分が進めてきた「労使協調路線」が全否定されたのだから、むべなるかな。でも、時代の流れには誰も抗し得ない。




