95.賭けをしよう
「私は、ヒナミを救うために、ヒナミを殺す」
気付けば俺は、旧校舎三階の旧図書室に居た。
窓の外を見れば、疎らに雪が降っていて、白昼夢だと、すぐに理解出来た。
日向の記憶を取り戻した時のように、俺の身体は勝手に動く。
「殺すって、つまり――」
「この世界を壊す」
「そんな事したら……」
「全員消える。私も、ヒナミも」
「俺はそんなの、賛成出来ない。他に方法が――」
「方法? そんなの、無いよ。何度ループしたと思ってるの……!」
怒りを孕んだ彼女の声は、普段の淡々と話す様子からは想像出来ない。
張り上げるような、拒絶するような、大きな声だった。
苦しそうに胸を押さえて、顔を伏せた彼女は、泣いているのかもしれない。
「ヒナミが幸せになれるように、何度も何度もヒナミにとって最善の選択をしてきた。でもそれに、何の意味がある? 卒業式の日が来れば、またリセット。その後一年間ヒナミに会う手立ては無い」
ヒナちゃんは一学年下だから。
二ノ前満月の口から俺の名前が出るというきっかけが無ければ、ヒナちゃんはきっと今知り合えていない。
世界はループしているが、今俺の歩んでいる世界の道筋は、大分イレギュラーなものなのだろう。
「ヒナミはその間、両親には相手にしてもらえず、中学では二ノ前満月が居なくなった事で、二ノ前満月を妬んでいた人たちから酷い扱いを受ける」
「……俺だって、どうにかしたいとは思ってる」
「どうにか出来るよ、ニイちゃんなら」
「元の世界に戻る方法を探せって事か?」
「うん。誰か一人でも元の世界に戻れば、世界は崩壊する」
その発言は、巻き戻しに触れるだろうなと身構えたけれど、クイックロードは起こらない。
あくまで記憶の再現なので、目の前の五十嶋桂那に何故クイックロードが起こらないのか聞く事は出来ないし、記憶の中の俺も別段気にしていないようだ。
疑問を抱えたまま、話は勝手に進んでいく。
「もう卒業も間近だから、今回は無理。次の世界で」
「とは言っても、リセットが掛かるだろ?」
「私はかからない」
「そりゃ、五十嶋さんはね」
「私がニイちゃんの記憶を取り戻す」
「今回みたいに入学式の日に突然声掛けて来るのはやめてね。突然神の話とかされても、ヤバイ子なのかなで終わっちゃうから」
「――分かった。善処する」
これ、協力する方向に話が進んでいないか?
世界を壊すだなんて、今の俺には到底出来そうに無い。
三条さんや、吾妻さんや、ヒナちゃんを、ゲーム内のキャラクターだから消えても問題無いだなんて割り切る事は、俺には出来ない。
「俺は、日向と早く帰るって約束したし。五十嶋さんがそれで良いなら、そうするよ」
「――約束だよ」
「ああ、……わかった。約束だ。俺は元の世界に帰り、世界を壊す。今のまま、……続けた所で誰も幸せにはならないし」
「ありがとう、ニイちゃん」
顔を上げた五十嶋桂那は、泣いていた。
泣きながら、嬉しそうに笑ってみせるのだ。
その姿は痛々しくて、とてもじゃ無いが見ていられない。
世界を何度もループした五十嶋桂那の導き出した答えは、世界を壊す事だった。
そうして俺は、彼女と、世界を壊す約束をしていた。
――けれど今の俺は、その約束を素直に遂行できる程、非情になれない。
五十嶋桂那がヒナちゃんの事を思うように、俺もまた三条さんや吾妻さんを思っているからだ。
五十嶋桂那はもう何度も繰り返し世界に挑んだ来たのだろうけど、俺は、自分では何も挑戦していない。
諦めろと言われたって、希望を探さずに、最悪の選択なんて選び取れるわけがない。
「面白そうな話をしているね」
足元から声が聞こえる。
えらく渋い、男の声だ。
俺が視線を落とせば、そこには猫丸が座っている。
――猫丸が座って……、いる?
「コタローくん。おじさんと少し、賭けをしよう」
その声は猫丸のその口から、確かに吐き出されていた。
ぱくぱくと口を開閉し、自分の事をおじさんと宣う猫丸は、ぺろぺろと前足を舐めて顔の毛繕いをし始める。
挙動はまるで、猫だった。
けれど猫丸はやはり、ただの猫ではなかったのだ。




