94.ヒナミを救うために
「猫丸、返しに行こうか」
暫くお見合いを続けてみたが、五十嶋桂那は一向に話始めようとはしなかった。
仕方がないので、先に猫丸を水無月仁美の元へ届ける事にする。
「猫丸ってさ、特別な猫なの?」
「――それは多分、答えられない」
部室に鍵をかけながら、何となしに投げ掛けた質問に対して、五十嶋桂那は至極真面目な顔をして答えた。
腕の中に抱かれた猫丸が「んなあご」なんて間抜けな声を上げている。
「禁止ワードに含まれてるって事?」
「違う。約束に、違反する」
――猫丸が特別であるか無いか答えることが、約束に違反する?
「それは、猫丸に限っての事?」
「それも違う。ニイちゃんは、一人で結論に辿り着かなければいけない」
「それは、そういう約束だから?」
「そう。――私との約束だけなら、全部話してもいい。でも、そうするときっと、ニイちゃんは後悔する」
――後悔。
情報を小出しにされている現状は、酷く頭が痛くなる。
ただでさえ、久しぶりに机に向かったもんで疲れているのに。これ以上は、頭が回らない。
断片的に思い出せた記憶は、五十嶋桂那がヒナちゃんの事を大切に思っているという事と、猫丸が俺に肩入れしているという事。
肩入れ、なんて言い方をするのだから、やはり猫丸はそれなりの意思を持って行動しているのだろう。
「ニイちゃんは、鍵を持ってる。何でも出来る、魔法の鍵」
五十嶋桂那は、それだけ言うと、歩き始めた。
後ろを歩く俺の方は、一切見ない。
前だけを真っ直ぐ向いて、歩いている。
「でもその鍵は、私が余計な手出しをすると消えてしまう。この世界で一番公平な人が、ニイちゃんに渡した鍵だから。公平性を重んじてる」
「俺は、その鍵を失わないために、自分で思い出さなきゃいけないって事?」
「そう。でも、もしその鍵を失っても良いのなら。その時は教えて。私は全部を、喜んで語る」
そちらの方が、都合が良いとでも言いたげに、淡々と語るその言葉に温度は感じられない。
けれど、二ノ前満月とは大きく異なり、五十嶋桂那は俺の意見を尊重してくれるらしい。
無理に聞かせてしまっても、彼女とした約束に関しては害が無いらしいのに。
伝えてしまった方が、話は早く済みそうなものなのに。
それでも伝えずに居るのは、彼女が誰よりも、俺の持つ魔法の鍵とやらに望みをかけているからなのかもしれない。
「そういえば、さ」
「なに?」
「五十嶋さんも、部活入る?」
これ以上この話を続けている事が辛くて、話を逸らす為に、別の話題を出す。
思い出していない事に関して、今話をしても仕方が無い。
どのみち、今の話を続けた所で、良い方に転がる気も、しなかった。
「……入らない」
「ヒナちゃんも居るよ? 正式にでは無いけど」
「ヒナミは……」
言葉は、そこで止まる。
悩んでいるみたいだった。
階段を降りる音だけが辺りに響き、そうして一番下の階まで辿り着いた時。
五十嶋桂那は、ようやく続きの言葉を口にした。
「私は、一度決めた事は覆さない。ヒナミと居ると、心が揺らいでしまうから。だから私は、ヒナミと一緒には居れない」
自分に、言い聞かせているみたいだった。
小さく、肩が揺れる。
息を吸って、吐いて、それから彼女は此方を向いた。
金色の瞳が、ゆらゆら揺れている。
泣いているんじゃないかと、思った。
けれど、涙は溢れていない。
「私は、ヒナミを救うために、ヒナミを殺す」




