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93.大切な人がいるから





 意外すぎて、驚いてしまった。

 五十嶋桂那にも人間の心があるんだな、なんて言ったら失礼かもしれないけれど。


「……何?」

「……楽しんでるかなって?」

「……普通」


 あんまりにも見ていたもんで、突っ込みが入ったけれど、普通――という事はやはりヒナちゃんと会えた事は嬉しくて、ヒナちゃんをとられている事は妬いてしまうという事なのだろうか。


 五十嶋桂那の人間らしさを目の当たりにしてしまって、俺はまた少し、足元が揺らぐような感覚に襲われる。


 二ノ前満月は、鴎太のために。

 五十嶋桂那は、ヒナちゃんのために。

 俺は、三条さんと吾妻さんのために。


 それぞれが、それぞれを、幸せにしたいだけなのに。

 二ノ前満月のそれと五十嶋桂那のそれが反発している以上、どちらも叶えるという事は難しい。


 俺はどちらかにつくべきなのか、それとも新しい道を切り開くべきなのか。



「ぶなご」



 気付けば、猫丸が足元に居た。

 一声鳴いて、俺の膝の上に跳び乗る。

 前足を上げて、いつかみたいに俺の頬へ肉球を寄せる。



『猫丸は、ニイちゃんに肩入れしてる』

『好かれるような事、した覚え無いけど』

『きっと、猫丸にも大切な人がいるから』



 ――コイツも、過去に俺と会っている?


「ぶもお」

「そろそろ勉強再開しよっかーーーー」


 伸びをしながら、三条さんが提案する。

 正直勉強はもう散々だが、考えていると深みにハマっていくので切り替えは大事かもしれない。


 膝に猫丸を乗せたまま、机へ向かいシャーペンを握る。

 久々の勉強は頭が痛むが、たまにはこういう日もあって良いだろう。


「それじゃあ、タロくんはヒナが引き続き教えます!」


 キリッと真面目な顔をしたヒナちゃんは、エアー眼鏡をくいと上げる素振りをして、宣言してみせた。

 年下に教えられる情け無さはあったけれど、これが中々に教えるのが上手いので、文句も言えない。


「あとちょっとがんばろー」


 三条さんが気の抜けた声を上げて、各々が勉強に取り掛かる。

 例えば此処に、鴎太と二ノ前満月も混ざって、和やかに勉強出来る日がくればいいのに。


 永久に来なさそうな未来をひとり思い描いて、俺はこっそり、溜息をついた。




 ―――




「今日はここまでーーー!!」


 下校時刻を知らせる校内放送が鳴ったと同時に、三条さんはシャーペンを机に置いた。

 勉強会の終了間近。

 ヒナちゃんが、今日の総まとめとして用意していたプリントを、三条さんと俺の二人が解いてみた。


 結果、俺は半分より少し多く答案を埋めて、六十点。

 三条さんは百点満点を叩き出した。

 分かってはいたが、三条さんのパラメーターの上がり幅は異常だ。


 俺に関しても、一日で点数を二十あげる事が出来たわけだが、これはヒナちゃんの用意したプリントが、実際のテストの問題よりも優しい設問になっていた所為だろう。


「暗記系は私が要点をノートにまとめてきますね」

「咲ちゃんありがとうー」


 暗記に関しては、恐らく勉強したところで変わらない気がする。

 吾妻さんには申し訳ないけれど、それこそ読書でもした方が身になりそうだ。


「それじゃあ今日は解散だね」

「ヒナお腹すいたー! ファミレス行こうよ」

「晩ご飯は?」

「ヒナ、家帰っても多分無いから」

「アタシはあるんだけど」

「じゃあヒナが食べるの見てて!」


 ヒナちゃんは三条さんにしがみつき、その身体をゆさゆさと揺らしている。

 言葉では嫌がりつつも、満更でもなさそうな顔はしているので、皆ともう少し一緒に居られることが嬉しいのだろう。


「じゃあ俺は猫丸を水無月さんに返してきますね」

「迎えに来ませんでしたね」

「そうだね。まあ、多分保健室横の教室にでもいると思うから」

「私も、行く」


 五十嶋桂那のその発言に、その場に居た全員が目を丸める。

 ただ、一体何事だと警戒したのは俺だけのようで、他三人はすぐにうんうんと頷き肯定していた。


 三条さんまでもが素直に引き下がるもんだから、何事かと思ったが、もしかしたら部活に入りたいといった類の話かもしれないと気を遣ったのかもしれない。


「じゃあ先行ってるね!」


 その言葉を合図に、三人はぞろぞろと部室を後にする。

 残された俺と、五十嶋桂那は、お互いに顔を見合わせた。




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