92.妬いてる?
「ヒナ、プリント作ってきたよ」
もふもふと菓子パンを頬張りながら、ヒナちゃんは鞄からクリアファイルを取り出した。
その中から、二枚のプリントが出てくる。
「人増えると思ってなかったから、スイちゃんとタロくんの分しかないや」
「すごいね、ヒナちゃん」
「へへー、褒めて褒めて!」
「いや、ほんと凄いわ」
「私もそこまで気が回らなかったです」
所謂、学力テストといった所だろうか。
手書きで書いたものをコピーしたらしいそれは、見てもさっぱり理解出来なかった。
そもそも、俺は成人していて、勉強からは暫く離れていた訳だし。
この世界に来てからも勉強は避けていたので、分からなくて当然だろう。
「時間制限無くてもいいかな。わからないところはちゃっちゃ飛ばして、わかるところだけ書いてね。まずは数学から」
ヒナちゃんに言われて、俺と三条さんは、そのプリントに取り掛かる。
結果は、パラメーターに準じた世界の恐ろしさというものは、こういう事なのだろうと身に染みるものになった。
例えば、その問題の回答方法を理解していなかったとしても、頭の中に答えが浮かんでくる問題というものがある。
そこに思い浮かんだ回答を書き込めば、半分に足りない程度の答案が埋まってしまった。
これは逆を返せば、地力として答えが分かっている問題があったとしても、パラメーター値がそれにそぐわない場合、下方修正が入るという事だろう。
もし何らかの方法でテストの答案をそっくり入手する事が出来たとしても、暗記による回答は叶わなそうだ。
ヒナちゃんがプリントを回収して、丸付けをした結果、俺は四十点。三条さんは七十点ほどの結果になった。
他の科目、ヒナちゃんが作ってきたのは、数学と英語だったのでその二つではあるけれど、どちらも同じ結果になったので、これに関して、間違いは無いだろう。
「うーん……、ヤバいといえばヤバいけど。今から勉強すれば何とかなると思うよ」
「コタ、やっぱり勉強ダメなんだね」
「可哀想なものを見る目で見るのやめて?」
ロジックが分かってしまえば、簡単だ。
現実のテスト勉強のように、複数科目を勉強する必要は無い。
例えば、図書室で本を読む。
それだけでもパラメーターは上がるので、それを続けるだけでもテストに関してはパス出来る。
なんて便利な世界なんだと苦い気持ちになるけれど、彼女たちは勉強会を楽しみたいみたいなので、口を挟むのも無粋だろう。
俺はテストまでの期間を読書期間にする事を心に決めながら、ヒナちゃんと、吾妻さんの説明を、話半分に聞いていた。
―――
「休憩! 休憩しよ!」
「そうですね。少し休憩を挟みましょうか」
三条さん、吾妻さんチーム。
俺とヒナちゃん、五十嶋さんチームに分かれて勉強をしていたけれど、三条さんの一言で、全員が脱力する。
五十嶋さんの膝の上に移動していた猫丸が「ふみごご」と謎の奇声を発しながら伸びをひとつして、ぴょいと床に飛び降りた。
「そういえばさ、イソジマさんって長いから、ケイちゃんでもいい?」
ヒナちゃんが、五十嶋桂那をくりくりとした瞳で見詰めながら、問い掛ける。
五十嶋桂那は、豆鉄砲を受けた鳩のように、目をまん丸にしていた。
過去と、同じ呼び方を提案してきたからだろう。
「何でも構わない」
「ん! じゃあケイちゃんね!」
「ヒナ、年上でも物怖じしないよね」
「一個差なんて微々たる差じゃん。誤差だよ誤差!」
「年下がそれ言うのってどうなの」
「スイちゃんは先輩って呼ばれたい?」
「そ……そうじゃなくて、素直に感心したの」
また戯れ合いが始まりそうな雰囲気に、吾妻さんが口元を緩める。
当初こそ、三条さんとヒナちゃんの戯れ合いを不安そうに見ていたけれど、今はもう微笑ましく思っているんだろう。
「スイちゃんかわいいー!!」
「うるっさ……」
「タロくん以外には素直じゃないもんね」
「は……? 別にコタにもヒナにもおんなじじゃん」
「そうかなぁー?」
「こらこら、ヒナちゃん」
適当な所で仲裁に入らないと、流石に部室の中じゃ、暴れるには狭すぎる。
すごすごと此方に帰って来たヒナちゃんは「ごめんなさい」と俺に謝って、今度は吾妻さんの元へ向かう。
「慰めてー」
「ヒナミちゃんが悪いですよ」
「サキちゃんは味方だと思ったのにー」
むくれた顔で、吾妻さんの胸元に顔を埋めるヒナちゃんは、やりたい放題だ。
五十嶋桂那は、蚊帳の外になってしまって、居心地が悪くはないだろうか。
俺が良くそのポジションなので、同士を見る目で五十嶋桂那を盗み見ると、彼女は少し、頬を膨らませていた。
――ヒナちゃん取られて、妬いてる?




