表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/151

91.世界を変えるために




「こんにちは」

「咲ちゃん!」


 ドーナツを食べ終えた三条さんに猫丸を預かってもらって、昼食を食べていると扉が開く。

 吾妻さんだ。

 甘いものを選ぶ気になれなくて、ソーセージが挟まったパイを食っている俺とばっちり目が合った彼女は「美味しそうなもの食べてますね」と微笑んでみせた。


「最後の一個だし口つけちゃったよ」

「欲しいわけじゃありませんよ」

「コタの食べかけなんて絶対ダメだよ!」


 いや、そんな汚いみたいな扱いされると傷付くけど?

 きっとそんな意味合いは含まれてはいないんだろうけど、複雑な心境になりながらもぐもぐとパイを食う。


「猫ちゃんも居るんですね。こんにちは」

「こんにちわあ」


 猫丸を抱えた三条さんが、ふさふさの手を取ってふりふりしながら裏声で声をあてる。

 そのおっさん顔の猫は絶対にそんな声では無いなんて、無粋な突っ込みを入れる事の出来ない雰囲気だ。

 俺の邪魔者感が半端ないのでどうしたものかと悩んでいると、開けっぱなしの扉の向こうから、ヒナちゃんがひょっこり顔を出す。


「あれ? 遅刻かな?」

「そんな事ありませんよ。私も今来た所です」

「ほんと? よかった!」


 全員集合だ。

 残りのパイを口に放り込んで、重ねられた椅子の束を解体しにかかる。

 部活のメンバーが五人で、当初は五十嶋さんも誘う予定だったので、椅子は六つある。

 適当に置いた椅子を各々が回収し、二つ合わせた机の周りに四つ、椅子が並んだ。

 机、どっかから持ってくるべきかなぁとも思ったが、正直吾妻さんとヒナちゃんは教える方に回るだろうから、必要無いかもしれない。


 必要になれば運んでこれば良いか。


「お菓子買ってきたから適当に食べてね!」

「やったー!! ヒナお昼食べてない!」

「ちゃんと食べなきゃダメですよ」

「えへへ」


 食べなかったというよりは、用意されなかったという事なのかもしれない。

 ドーナツ、ヒナちゃんの分も買ってくるべきだっただろうか。

 後で休憩でも挟んでコンビニに行くべきか、なんて考えていると、扉ががらがらと開かれる。


「皆の衆! 聞いて驚け! 五十嶋さんの登場だ!!」


 言うまでもなく、水無月仁美だ。

 胸を張り、得意げな顔で順々に視線を投げ掛けた水無月仁美の後ろには、五十嶋桂那が立っていた。


 本当に、連れて来れたのか。

 半ば無理だろうなと思っていただけに、衝撃が大きい。

 三条さんや吾妻さんは、ろくに会話をした事が無いはずだ。


 金色のツインテールがゆらりと揺れて、五十嶋桂那がお辞儀をしたのだと気付く。

 整った顔が伏せられて、例の、耳がくすぐったくなる声が部室に響いた。


「五十嶋桂那です。よろしくお願いします」

「五十嶋さん……! よろしく!」

「よろしくお願いします」

「ヒナだよ! よろしくね!」


 特別何も気にしていないヒナちゃんを除き、俺を含めた三人の表情が強張る。

 この部室は、三条さんと吾妻さんにとって安息の地だ。

 そこに、特別親しくも無い人物が居ることは、彼女たちにとって警戒するべき事なのだろう。


 顔を上げた五十嶋桂那は、至極無表情だ。


 そんな五十嶋桂那に、吾妻さんが椅子を勧める。

 その様子を見ていた水無月仁美は、受け入れられていると判断したのだろう。


「そんじゃ、お姉さんはまだお仕事あるから、後でまた来るね! 猫丸預かってて!」

「え?」


 嵐の様に去って行った水無月仁美は、また扉をしめないので、五十嶋桂那が閉めてから、勧められた椅子に腰を下ろす。


 ――無言。

 重苦しい空気が重石のようにのし掛かっている。


「ねえねえ、ヒナお菓子食べていい?」

「めっちゃお腹空いてるじゃん。ごはん食べて来たらよかったのに」

「パン。いりますか?」


 五十嶋桂那だ。

 その発言に、彼女以外の全員が目を丸める。


「ヒナにくれるの?」

「昼食に買って、余っているので。腐らすのも、もったいない」

「くれるなら欲しい! ヒナもらうよ!」


 五十嶋桂那が自分の鞄から、パンを取り出す。

 菓子パンだ。苺ジャムの入った菓子パンと、ついでにとばかりに野菜ジュースが出てくる。


「あはは、五十嶋さん。なんか怖そうだなーって思ってたけど、面倒見いいんだね」

「ほんとにヒナ貰ってもいいの!?」

「はい。食べてください」

「ありがとうーーー!!」

「足りなければメロンパンもありますよ」

「どんだけ食べるつもりだったの!?」

「どっちもヒナ大好きだよ! ありがとう!!」

「ふふふ、優しい人なんですね」

「ツインテールに悪い人はいないよね!」


 どんな理論だ。

 女子同士で楽しそうにしているもんで、口を挟まずにいたけれど、思わず突っ込んでしまいそうになった。


『ケイちゃん、やっぱ髪型が良くないと思うな』

『髪……?』

『ヒナとお揃いにしようよ!』

『私には似合わない』

『そんなことないよー! ヒナがやったげる』

『えええ……』


 ――なんだこれ。

 以前、聞いた事があるような気がする会話だ。

 けれど、俺はヒナちゃんと五十嶋桂那が話している場面なんて、今初めて見る。


『ケイちゃん。お腹すいた』

『パンあるよ』

『ジャムパン?』

『うん』

『さっすがー! だいすき!』


 ヒナちゃんが抱き付くもんで、二房に分けられた髪が揺れる。

 頬にほんのり朱をさして、普段表情の変わらない五十嶋桂那が、ヒナちゃんの前でだけは、笑うんだ。


 ――ああ、そうか。

 これはいつかの、今ではないこの世界の記憶だ。


 五十嶋桂那はずっと、ずっと一人で覚えている。

 だから、今でも、ヒナちゃんの好きなパンを用意して、ヒナちゃんがしてくれた髪型を守って、彼女はひとりで戦っている。


 ヒナちゃんが虐げられる、救いのない、世界を変えるために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ