88.不器用だから
黙々と手を動かす三条さんの傍らで、ぼんやりとその手元を見ながら、特別する事も無いので、近くある大型連休について、考える。
五月には大型連休がある。
とどのつまりゴールデンウィークと呼ばれるそれに関して、一年男子生徒はとある噂を繰り広げていた。
自分たちは大型連休を満喫する事は可能なのか。
土日程度であれば、自分たちは強制スキップをかまされる事は無い。
それは恐らく、ゲーム内での休みの使い方が攻略対象キャラクターに対してアクションを掛けたり、プレゼントの調達やデートに出掛けたり、ステータス上げに費やす日であるからだ。
それが、一週間程に渡って続く休みとなると、どうなるのだろうか。
強制スキップがかまされるのか、という疑問の声は廊下を歩いているだけでも耳にする事柄だった。
俺に関して言えば、例えばその期間中に三条さんや吾妻さんを遊びに誘えば、スキップから逃れる事は可能な気もする。
「そういえばさ、勉強会だけど、ゴールデンウィーク中にしようよ。部活動って事にすれば部室使えるよね?」
自分が考えていた事に沿った話題が飛んできて、一瞬思考が停止する。
けれど、考えてみれば真面目な三条さんらしい提案だった。
五月の終盤には中間テストの期間が設けられている。
ゲーム内のテストは年三回だった気がするが、やると言うのだから、やるのだろう。
期日もあまり無い為に、三条さんは部活としての勉強会を提案してきた訳だが、半分はきっと違う思惑が込められている。
大っぴらに遊びに行こうと誘うにはハードルが高いが、勉強に託ければ易くなる。
三条さんは連休中にも、俺や吾妻さんと会いたいという事だろう。
「鳳凰くんと、二ノ前さんも誘っても良いしさ」
これは気を遣っての発言だろう。
少し落ち着かなさそうに鉛筆を揺らし弄びながら投げ掛けられた言葉に、俺は「いや、誘わなくても良いんじゃない?」と返す。
胸を撫で下ろして「そっか」と声を溢す三条さんの素直さに、少し笑みを溢してしまう。
狭い部室では、いくら二ノ前さんの気を引いて貰ったところで、鴎太と二人話す事は難しいだろう。
そうなると、わざわざ誘う意味もない。
「咲ちゃんは、後で来た時に誘っておくね」
「うん。俺はヒナちゃんにメールしておくよ」
「お願い」
忘れる前にしておくかと、ポケットから携帯電話を取り出してヒナちゃん宛にメールを送る。
取り敢えずは勉強会の誘いだけ。
猫丸の小屋を作る会への誘いは、勉強会の際にでもすれば良いだろう。
「お菓子とかジュース買って来てもいいかな」
「良いんじゃない。買出し、一緒に行くよ」
一人で行かせれば、小一時間くらい余裕で悩みそうだし。
そう思って提案した訳だけれど、三条さんは顔を上げて、心から嬉しそうに笑って「うん」と頷く。
頬をほのかに染めて、ほんの少し恥ずかしそうに。
いっそ自分が普通の高校生なら。
そう考えずには居られないくらい、三条さんは、とても良い子だ。
「楽しみだね!」
「……そうだね」
「なんでちょっと間があるの」
「何も問題起きなきゃ良いなって」
「大丈夫。アタシ、コタが全然勉強出来なくても引いたりしないよ」
「いや、そういう問題じゃなくて」
頭は多分もの凄く悪くなっているはずなので、有り難い話ではあるけれど。
自分のパラメーター値が見られれば多少行動する際の指標になったりもするのだろうが、今のところ知能面でパラメーターの弊害を感じた事は無い。
どちらかと言えば三条さんに付き合って貰って体力面をどうにかするべきなんじゃなかろうかと、自然と溜息が溢れてしまった。
そんな俺を見て、三条さんは可笑しそうに笑ってから、また手元に視線を戻す。
スケッチブックには、中々立派に見える犬小屋のようなものが描かれている。
完成予想図と、それをバラした場合どんな板が必要になるか。
細かいサイズ数まで書き込まれているので、本人が何でも出来ると自称してしまう気持ちも分かるかもしれない。
それくらい、何でもやろうと思えば出来てしまうのだろう。
「猫丸の家も、三条さんが居れば安泰だね」
「……そうかな」
「うん。居てくれて、本当に助かってる」
「――ありがと」
「こちらこそ、ありがとう」
照れ臭そうに、視線はスケッチブックに落としたままで。
そのスケッチブックだって、前回はノートだったことを鑑みると、前回役に立ったので次回の為に持って来たんだろう。
彼女のこういう繊細さが広く伝われば、友達なんてあっという間に増えそうなものなのに。
何かしてやれる事は無いかと考えてみたけれど、そんな事をすれば吾妻さんは怒るかもしれない。
吾妻さんもまた、三条さんに負けず劣らず不器用だから。




