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87.幸せにしてあげたい






「何、隠してるの?」


 話してしまっても、良いんじゃないか。

 本人に選択して貰えば良いんじゃないか。

 肝心な所で逃げ腰な俺の頭の中には、そんな言葉がぐるぐる巡る。


 真っ直ぐ俺を捉えるその瞳を、見ていられなくて目を逸らす。

 それでもまだ見られている気がして、俺は自身の手を強く握った。


 押し付けてしまって良い類の話ではない。

 三条さんは、年下の女の子で、頼って良い筈がない。俺は彼女の弱さも知っているし、年相応の悩みをもった、ただの女の子だという事も知っている。

 自分の心を軽くするためだけに、秘密を共有出来るほど、どうでも良い存在でも、無い。


「なんでも、ないんだ」


「そうかな」


 後ろにはきっと『そんな風には見えないよ』が続いている。

 俺がもし主人公なら、この子にこんな心配を掛ける事もなく、何でも無いように覚悟を決める事が出来たのだろうか。


 そんなもしもの話なんて考えていても、仕方がないのに。


 現実逃避で頭を埋めようと、必死になっていた。



「もしも、さ」


「うん」


「自分のエゴを貫くには、他人を犠牲にしなきゃいけないとしたら。三条さんなら、どうする?」



 誤魔化す為に、けれど嘘では決してない質問を、何とか口にする。

 三条さんは「うーん」と悩むように声を漏らして、それから、ぱちんと手を叩いた。



「コタは、その自分のエゴが正しいと思う?」


「――わからない」


「わからないなら、悩むしかないね」



 悩むしかない。

 確かにその通りなのだけれど、あまりにもそのままの答えで拍子抜けしてしまう。

 思わず三条さんを見れば、彼女は困ったように、眉尻を下げた。



「コタが正しいと思った事は正しいよ。でも、分からないなら考えるしかないじゃん。時間が無い事なの?」


「時間は――、そっか、無くはない」


「なら、もうちょい悩めば?」



 悩めば、良い。

 本当に、その通りだ。

 どうして決断を急いでいたんだろう。

 期間は三年間。今はまだ一年目。

 俺にはまだ手にしていない情報がある。

 五十嶋桂那の言う『約束』を思い出してから決断を出しても、遅くはない筈だ。

 五十嶋桂那も急げとは言っていない。



「言いたくない事なんでしょ? 別に言わなくて良いし。でも言いたくなった時は話聞くから話してよ」



 あっけらかんと言ってみせる三条さんは、少し悲しそうな目をしている。

 頼って欲しいと言いたくて、でも言えないといった様子で、少し心が痛んだ。



「ありがとう、三条さん」


「……好きになった?」


「元から好きだよ」


「――ッ、……そういうことじゃないし」



 ぷいと顔を逸らした三条さんは、机から飛び降り、自分の鞄の元へ向かう。

 鞄の中からスケッチブックと筆箱を取り出して来た彼女は、それを机の上に置いて広げた。


「まず、猫の小屋作ろうよ。コタは別にそこで悩んでてもいいよ」


「悩んでてもいいよって……」


「アタシは、目の前でコタが悩んでたら心配になるけど。目の届かないところで悩んでるよりずっと良いから」


 此方も見ずに、筆箱から定規と鉛筆を取り出しながら、まるで自分に言い聞かせるみたいに。

 一人うんうんと頷いて「だから悩むなら今悩んでて」なんて男前な事を言うもんで、俺が同年代で女だったら本当に落とされていたかもしれない。


 少し軽くなった心を携えて「ほんと、ありがとう」ともう一度感謝を伝えると、照れたように頬を掻いている。


 焦って、逃げてはいけない。

 この子の為にも、吾妻さんや、ヒナちゃんの為にも、キチンと情報を集めて、決断しなければいけない。


 器用に図面を引いていく三条さんの手元を見ながら、次にするべき行動を考える。


 二ノ前満月にバレないように気を払いながら、鴎太に会うのが一番良いだろう。

 どう言う訳か、二ノ前満月は俺が鴎太と話をしていない事を気にしていた。

 会う事に関して妨害が入るとは思えないので、取り敢えず会いには行こう。

 口実は――、


「ねえ、三条さん」


「ん? 何?」


「折角部活なんだしさ、鴎太と二ノ前さんも誘っても良いかな?」


「うん! 良いんじゃないかな。楽しそうじゃん」


 顔を上げた三条さんは、心の底から楽しそうに笑っている。

 鴎太と話をするに当たって、二ノ前満月の気を引いて貰うつもりでの提案なので、また心は痛んだけれど、さしあたってはそれが一番良さそうだ。


「じゃあ誘っとくから」

「うん、お願いね。……図面引いたら水無月さんに材料用意して貰わなきゃだし、ゆっくりでも良いよ?」


 気を遣ってくれているみたいだ。

 俺はそれに笑って「大丈夫」と答えた。

 鴎太の番号は知っているし、二ノ前満月に関してはB組に行けば居るだろう。

 クイックロードの事を考えると五十嶋桂那にも声を掛けたい所だけれど、これは水無月仁美に話してみるか。


 ようやく少しは回るようになった自分の頭に安堵していると「よかった」と、三条さんが小さく呟く。


「心配掛けてごめん」

「いいよ。多分コタは、アタシの事も沢山考えてくれてるでしょ」


 特別、否定もしない。

 また手元に視線を落とした三条さんは、必死に猫丸の家の図面を引いている。


 幸せにしてあげたい。


 日向と被せてではなくて、彼女本人を思って。

 心の底から、そうなるように頑張ろう。

 すぐに逃げたくなってしまうけれど、今だけは、そう誓った。





お読みいただきありがとうございます!

六章これにて終了になります。次章は鴎太の話を聞くために猫小屋作ります!!

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