81.本来疑うべきは、
「そういえば、昨日はごめんね」
その言葉で、一気に背筋が寒くなる。
冷たい手で撫であげられたみたいに、ぞわぞわと嫌な気分に襲われた。
この前、つまり、水無月仁美が二ノ前満月と話があるから場を外せと言った時の事だろう。
「探し人は見つかったかな?」
「……はい。見つかりましたよ」
「そっか! よかったよかった」
白々しく聞こえてしまう。
俺は未だに、水無月仁美が神なのか、二ノ前満月が神なのか、両方がそれに繋がる人物なのか、何も把握出来ていない。
ただ、攻略対象キャラクターに神が居るのであれば、この二人のどちらかだろうとは思っているし、二ノ前満月に関しては、超常的な力を使っているような場面を見た事がある。
「いやね、大切な用事があって、今すぐ田中くんを追い払わなきゃ! って思ったんだけど、その後良く良く考えたら、何も無かったんだよね」
「――どういうことですか?」
「うーん、言葉の通り。突然、例えば忘れてた事を思い出したみたいに、ミツキちゃんに用事があると思ったんだけどね」
――ひとつの、仮説を思い付く。
例えば、俺たちプレイヤー以外の記憶も、神は書き換える事が可能なのだろうか。
あの場で、クイックロードは起きていた。
俺は、自分の記憶が書き換えられたと判断したが、あの時、水無月仁美の記憶を書き換えていたのだとすれば?
これ以上話を続けさせたく無いと考えた神が、あの場を解散させる為に使った手っ取り早い方法。
――だとすれば、水無月仁美は神では無い?
「田中くんどうかした?」
「水無月さん。本当の事を教えてください」
本当の事を話す保証なんて、何も無い。
けれど、行動すれば結果はついてくるはずだ。
クイックロードが起きた時、俺はもうそれを認知する事が可能だと思う。
水無月仁美にとって都合の悪い質問をした時、クイックロードが起きれば、それもまた判断材料になる。
「あなたは、何者ですか?」
「何その質問。私は水無月仁美。この学校の用務員さんだよ」
「隠している事はありますか?」
「隠し事? うーん、今下着が上下ばらばらのつけてる事?」
「いや……、その情報全然いらないです」
「今日寝坊しちゃってさー、作業着に着替えた時に気付いたよねー」
豪快に笑う水無月仁美は無視して。
ひとつ咳払いをしてから、最後の質問を投げ掛ける。
相手の目を見て話すのは得意では無いけれど、水無月仁美の目を真っ直ぐ覗き込んだ。
明るい茶色の瞳が、揺れている。
「水無月さんの、やらなきゃいけないことってなんですか?」
「え、悩ましいな。うーん……、私はこの学校のみんなに楽しく学生生活を送って欲しいかな」
一度視線を落としてから、少し考えるように、片手を自身の顎に添える。
それから、一度頷いて、水無月仁美は笑った。
隠し事なんてまるで無いみたいに、無邪気に無邪気に笑ってみせた。
「だって私は、この学校の用務員さんだからね!」
その言葉は、一片の嘘も偽りもない、本心のように聞こえた。
例えばだ、この世界に居る人物に、裏の目的がそれぞれあったとしよう。
俺の表立っての目的は、モブ子を探すこと。裏の目的は世界の謎を解き明かし三条さんや吾妻さん――俺の深く関わった人たちを幸せにする事だ。
三条さんで言えば当初の表の目的は『俺と吾妻さんの仲を取り持つ事』だった。その裏、行動の主となる目的は自分のコンプレックスの解消で、本来の三条さんの目的――今の目指す所は『大切なものを作る事』だろう。
吾妻さんは当初表面立って出ていたものは『俺の友達になる事』だった。裏には『自分の安全を確保する事』が潜んでいた事になる。
五十嶋桂那は『男子生徒を避け旧図書室で一人で居ること』の裏に『この世界の真実を導く』が潜んでいる。
鴎太にしても、詳細は分からないが何かの為に今行動していて、二ノ前満月も隠し事をしている。
誰もが本心を隠して行動しているせいで、俺は水無月仁美に対してもすんなりと疑いを持ったが、水無月仁美は唯一、取り立てて言う程の隠し事が無い人物である可能性は無いだろうか。
目の前のその人が言う通り『用務員で居ること』が彼女の核となる行動理念の可能性――
――俺は、五十嶋桂那の側に水無月仁美が居た事で疑心暗鬼に陥った。
けれど、水無月仁美は当初から一貫して猫を追っているだけなのだから、図書室の前に居る猫丸を追い掛けてあの場に居た可能性だって十二分にある。
例えば、猫丸が旧図書室の前に居たと誰かに吹き込まれれば、水無月仁美は探しに行くだろう。
「大丈夫? 田中くん体調悪い? 保健室から出てきたしね」
「体調は、どうともありません」
「そう? 顔色悪いよ?」
「水無月さん、五十嶋さんに会いに行った時、なんで旧図書室の辺りに居たんですか?」
「あー、あれね。ミツキちゃんに猫丸が居たよって教えて貰ったんだよね。逃げられた後だったけどさ」
――ミスリード、されていた。
本来疑うべきは、二ノ前満月。
ただ一人だったんだ。




