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80.昨日はごめんね





「おはよー、コタ」

「おはよう、三条さん」


 登校一番部室へ向かうと、随分と眠たげな目をした三条さんの挨拶が飛んでくる。

 椅子に座り、ぐでんと上半身を机に預けた三条さんは、今にも寝てしまいそうだ。


「昨日ヒナとメールしててさ」

「それで寝不足?」

「うん。途切れない、途切れない」

「ヒナちゃんらしいね」

「寝るって言ってるのに、寝かせてくれないし」


 ヒナちゃんは、姉と関わりの薄い友達が出来て嬉しいのかもしれない。

 律儀に付き合う三条さんだからこそ、懐かれている可能性はあるが。


「咲ちゃんはお昼休みに来るって」

「普通授業出るよね」

「コタは出ないじゃん」

「出る意味あんまりないんで」


 自身のパラメーターを見る事が出来ない以上、それがどれほど影響を与えているのかは分からないが、留年といったシステムは恐らく無いだろう。

 ギャルゲーな訳だし。


「やばい。ほんっとに寝そう」

「寝ればいいんじゃない? 保健室行く?」

「うーん、そうしようかな」

「行くなら送るよ」

「…………うん」


 挨拶だけ投げて机に突っ伏していた三条さんは、再び顔を上げて俺を見る。

 その目は少し微睡んでいて、そんな状態でよく学校まで来たなと呆れてしまう。


「じゃあ、行こう」


 鞄だけ適当に部室の中に投げ入れて、壁に掛かっていた鍵を取る。

 財布と携帯はポケットに入っているし、鞄なんてほとんど空なのでどうでも良いが、流石に開けっぱなしは教師に見付かれば何を言われるか分からない。


「ありがとね」

「いいよ。一人じゃ危ないし」


 先に出た三条さんを追って、鍵をかけて保健室へ向かう。

 階段だけが不安ではあったが、よろける程でも無いらしいので、俺は大人しく三条さんの後ろを歩いた。




 ―――




「ん? 田中くんじゃん」


 三条さんを保健室まで送り届け、無事引き渡された彼女は『勉強のし過ぎによる寝不足』と都合の良い解釈をした保険医によってベッドを提供されていた。

 こうなると俺は用済みのため、部室に戻る為に保健室を後にした訳だが、隣室が水無月仁美の拠点である事を失念していた。

 そこから出てきた水無月仁美は、嬉しそうに此方へ駆け寄ってくる。


「猫丸見た?」

「見てませんよ。毎日飽きませんね」

「仕事なんだってば」


 作業着姿の水無月仁美は、片手に虫取り網を携えている。

 それで猫丸が捕まるとは到底思えないので、やはり遊んでいるようにしか見えない。


「あ、鳳凰くんじゃん!」


 早々にこの場を立ち去るにはどうしたものかと考え始めた、丁度その時。

 水無月仁美が俺の後ろに向かって声を掛ける。


 ――鴎太?


 暫く会っていない気のするソイツは、振り向けばそこに立っていた。

 旧校舎なんて、普通にしていれば用の無いはずの場所だ。

 部室にでも向かうつもりだったのかと、声も掛けずに様子を見ていると、鴎太は大きく片手を上げる。


「ヒトミちゃん! 今忙しいから、また後で!」


 そんな挨拶だけを残して、鴎太は走り去って行く。

 ――会わないと思っていたが、もしかして、避けられてる?


 水無月仁美もそう感じたらしい。


「田中くん、喧嘩でもしてんの?」


 不思議そうな顔で俺を見る水無月仁美に「そんな記憶は無いですけど」と否定の言葉だけを返して、少し考えてみる。


 最後に話したのは花壇で、元の世界に戻りたいと思ったら教えてくれと言われた時だ。


 気まずさから避けられている可能性もあるが、基本的にこの世界の男子生徒は皆己のしたい様に動いている。

 障害や妨害もある為、全員が思うままに行動出来ている訳ではないだろう。

 けれど、無難に日々を過ごしている奴なんて、本当に少ない筈だ。

 鴎太にも何か考えがあって行動しているのであれば、それを邪魔してやるのは酷い話だし、助けがいる時は勝手に声を掛けてくるだろう。


「まあ、アイツなりに何かあるんじゃないですかね」

「男子高校生だもんねえ。青春かな」


 平常運転の水無月仁美は、そう言うと鼻をすんすんと鳴らす。

 反論するのも面倒なので「そうですね」と答えると、けらけらと笑っていたが、特別面倒臭い絡み方をされる訳でも無いので、放っておいた方が良いだろう。



「そういえば、昨日はごめんね」




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