78.好きです
「遂叶ちゃんと、何の話しましたか?」
吾妻さんは、三条さんの事を大切に思っているから、聞かれるんじゃないかとは思っていた。
俺を探しに部室を出た三条さんが、一人で部室に戻って来たんだから。
けれど、答えて良いものか。
「当ててあげましょうか」
吾妻さんの声は、とても冷たいものだった。
当たり前なのかもしれない。
大切な友達を、受け入れるつもりも無いくせに、断る事もせず、宙ぶらりんのまま放置している奴に対して、優しく声を掛ける道理は無い。
「コタローさん、告白されましたよね」
ほとんど、その通りなので、否定もしない。
――出来なかった。
例えば鴎太であれば上手く立ち回る事も出来たのかもしれないけれど、俺にはそんな技量は無い。
「私ね、とっても酷いんですよ」
吾妻さんは、俺に構わず言葉を続ける。
けれどその続きの言葉は少し予想外のものだった。
「振られればいいのにって、思いました」
悲しそうな顔をして、そんな事を言う吾妻さんの真意が、俺には良く理解出来なかった。
酷い事なんて何も無い。
恋愛関係で告白の段階まで行き着いてしまったのであれば、当事者以外に出来る事なんて、上手く行く事を祈るか、上手く行かない事を祈るか、その二択しか無いじゃないか。
吾妻さんは、三条さんの事を大切に思っている。
そうなると、振られるように祈るのは、取り立てて酷い事とは思えない。
「俺じゃあ、三条さんを幸せにしてあげれる気がしないから、そう願うのは酷い事じゃないと思うよ」
本心だ。
だから別段突っかかりもせずに言葉を返しながら、職員室に向けて歩き始める。
いつまでもこの場所で話をしていると、また遅いからと三条さんが迎えに来てしまうかもしれない。
「…………そうですね」
否定の言葉なんて求めていなかったので、構わないのだけれど、肯定されるのは、それはそれで笑えてしまう。
乾いた笑い声を溢しながら前を進む俺の後ろを、吾妻さんは黙って歩いていた。
「コタローさんは、酷い人ですもんね」
「酷い人まで言うかな」
「女たらしですしね」
「誑し込んだ記憶ないけどね」
「無自覚ですか。流石です」
「流石なの?」
吾妻さんのこうした軽口は、今に始まった事ではないので、気にはならない。
けれどどうにも声が沈んでいるように聞こえて、立ち止まる。
振り返る前に、背中にどんと衝撃が加わって、前も見てなかったんだなと苦笑した。
「大丈夫? 吾妻さん」
振り向いてみると、彼女は鼻の頭を押さえて、俯いていた。
――そんなに強く打ち付けたの?
「え? ほんとに大丈夫?」
覗き込んで、顔を覆うその腕に手を伸ばした。
触れた後に、これセクハラだろうかと、一抹の後悔が頭を過ぎる。
日向の事を思い出したもんだから、日向と接するように接してしまったのだ。
驚いた様子で、目をくりくりとさせる吾妻さんの瞳が見えて、反射的に「ごめん」と謝った。
目を逸らして、手は離したけれど、気まずくなって前を向く。
「コタローさんの事、好きです」
消え入るような声だった。
幻聴かと疑ってしまうくらいに、静かに響いた声の出所を探るみたいに、もう一度吾妻さんの方を向く。
彼女は、顔を上げて笑っていた。
口元に、にいと綺麗な弧を描いて。
視線を少し下へ逸らしてから、その唇を開く。
「今度は、嘘か本当か分かりますか?」
分からなかった。
自惚れられるほど、吾妻さんの為に何かをした記憶は無い。
嫌われていないのは知っていて、けれど好かれているんだと確信を得られるほど、吾妻さんは素直では無い。
三条さんの事に対しての当て付けの可能性も、十二分にある。
訳が分からずに黙ったままの俺を見て、吾妻さんは、少し悲しそうに、瞳を揺らした。
「答えは、教えてあげません」
しい、と。内緒話をするみたいに人差し指を立てて、口元に掲げる。
長い髪が、彼女の動きに合わせて小さく揺れた。
全部が幻覚なんじゃないかと思えるくらいに、理解の及ばない行動に、翻弄される俺を置いて、吾妻さんはくるりと後ろを向いてしまう。
「本当かどうかは、自分で考えてくださいね」
そうして彼女は、真っ直ぐ歩き出した。
此方を振り返る事なんて一度もせずに「私の名前、書いておいてくださいね」とだけ、言葉を残して。




