77話.何の話しましたか?
「遅かったですね」
暫くの放心状態から意識を取り戻し、部室へ戻り扉を開くと、そんな吾妻さんの声が飛んできた。
もっともなご指摘である。
「ごめん。戻ってくるときに、色々あって」
詳細はボカしたけれど、もしかすると吾妻さんは俺と三条さんが話していた内容を、察しているのかもしれない。
小さく「ふうん」と声を漏らして、俺と三条さんを見比べるもんだから、三条さんは少し頬を赤らめていた。
「ねえねえ、センパイどうだった?」
「見つかりましたよ」
吾妻さんと、ヒナちゃんが目を丸める。
見つからなかったので切り上げだと思ったのだろう。現に、メールを送った段階ではそうだった。
「見つからなさそうだと判断してメールを送ったんだけど、その後に偶然会ったんだ」
補足を入れると、吾妻さんが複雑そうな面持ちで、眉尻を下げて「どうでしたか?」と尋ねてくる。
最早誰も、ヒナちゃんのセンパイなんて設定は信じていないのだろう。
「彼女は多分、ほとんど学校に来ていないんだと思う。人と関わる事を避けているから、そっとしておくべきかな」
事実は話せないので、無難な感じに脚色してしまったけれど、二人は特別突っ込んで聞いてくる事も無かった。
もしかしたら、俺が失恋したと思って、触れられずにいるだけなのかもしれない。
その勘違いは、それはそれで都合が良いので、俺も特別否定する必要も無いし、この話はこれでおしまいだ。
誰も何も言わない妙な空気を変えるために、何か言うべきか悩んでいると、気遣い屋さんのヒナちゃんが「いっぱい動いて疲れたねー」と笑ってみせる。
有り難いフォローだった。
「協力、ありがとう」
上手く笑えているのか、相変わらず定かでは無いけれど、精一杯笑ってみせて、礼を述べると、また微妙な空気になる。
失恋したと思われているのであれば、確かに触れ難いヤツなのかもしれないが、口を開くたびに空気が重くなるのであれば、何も喋れなくなるぞ……。
押し黙っていると、今度は三条さんがこれ見よがしに手を叩き「そうだ!」と声を上げる。
「コタに付き合っていっぱい走ったから、ジュース奢りね!」
ヒナちゃんのセンパイを探すという名目は、完全に忘れ去られてしまったようだ。
別にジュースの数本くらいなら奢っても問題無いのだけれど、こうも隠し事が通用しないと、いよいよ俺は少し表情に気持ちが出ないように練習するべきでは無いかと考えてしまう。
二ノ前満月や水無月仁美にも考えている事が筒抜けだと、結構困るんだが、その辺りはどうなんだろうか。
「いい頃合いですし、ジュースを奢って貰ったら帰りましょうか」
ぼちぼち終業時間だ。
これ以上部室に残っている用も無い。
皆が吾妻さんの言葉に頷いて、鞄を手に取り部室を後にする。
「俺は鍵の返却行って来るから、先行ってて」
「ん、わかった」
「ヒナも行きたい」
「ヒナちゃんはダメかな。不法侵入してるわけだし」
「えー?」
「ヒナはアタシとジュース選ぼ」
「好きなのあるかなあ」
「なかったらコンビニにしよ」
勝手な事を言いながら階段へ向かって行く三条さんとヒナちゃんの背中を見送りながら、手の中で鍵を弄ぶ。
この部室の鍵は基本登校後から借りっぱなしな訳だが、流石に持ち帰れば注意されるだろう。
使用禁止は困るので、合鍵も作らず律儀に貸出と返却を繰り返しているわけだ。
「吾妻さんは、行かないの?」
「鍵の貸し出し管理簿、貸出者が私の名前になっているので」
「ん……、ああ、なるほど」
貸出時と返却時に名前書くとかそんなシステムだったなぁ。
すっかり忘れていたので、もうこのままついて行くかと、吾妻さんに鍵も渡さず「行こうか」と声を掛ければ、吾妻さんは、少し迷うように視線を泳がせた後に、俺を見た。
「遂叶ちゃんと、何の話しましたか?」




