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75/151

75.ごめんね





「コタ!」


 階段を上っていると、丁度上から降りてくる三条さんと鉢合わせた。


「三条さん?」

「遅いから心配したじゃん。皆もうとっくに戻って来てるよ」


 いつ入れ違ったんだろうか。

 ずっと一階にいたので、追い抜かれていれば気付いたはずだが、あの空間自体が可笑しなことになっていた可能性もある。

 考えても仕方が無いのかもしれない。


「……コタ、何かあった?」


 後もう少しで上りきるといった辺りで、三条さんが心配そうに俺を見る。

 じっくりと相手の顔を見ることなんて、心に余裕がなさ過ぎて、していなかったのかもしれない。

 三条さんの瞳はきらきらと輝いていて、とても綺麗だった。

 澄んだ青色がゆらゆら揺れて、動揺しているのが見て取れる。


「まあ、色々と?」

「何で疑問形?」

「ちょっと頭が追い付かなくて」


 待たしているのであれば、急がなきゃいけないなあと考えて、階段を上ろうとした俺の肩を、三条さんが掴む。

 俺よりも高い位置にある三条さんの瞳を覗き込めば、そこにあったはずの迷いが消えていた。



「何があったの?」



 話さなければ離さない、とでも言いたげに、三条さんは俺の事を、真っ直ぐに見詰める。


 日向は、三条さんに似ている。弱いところが。

 日向は吾妻さんに似ている。怖がりで臆病なところが。

 日向はヒナちゃんに似ている。居場所が無いのに、何でも無いように笑ってみせるところが。


 全部が彼女に繋がっていて、大切な事に変わりは無くて、けれど日向が居ないことは、大丈夫だと思っていても、大丈夫ではなかったのかもしれない。


 帰るなら、帰る前にと繰り返し、帰れる事を前提にして考えていたけれど、その確証は何処にもない。


 胸に込み上げてくる何かに押されて、目頭が酷く熱い。



「俺、そんなに顔に出るのかな」

「出るよ。コタは、わかりやすい」



 三条さんに言われたくはないかもしれない。

 一生懸命に俺を見て、痛いくらいに肩を握る三条さんは、とても必死だ。



「好きだと思っていた人が、思い違いだったんです」



 三条さんにこれを話すのは酷かもしれない。

 少なからず、俺の事を好いてくれていることはわかっていて、でも俺はそれを受け入れるつもりがない。

 生まれたばかりの雛が刷り込みで親を認識するみたいに、俺の事を好いてくれているだけだと分かっているから。


 話すべきではないのに話してしまうのは、俺の弱さだ。

 話してしまうことで、罪悪感が生まれる。

 俺は責任を持って彼女を未来に導いてあげなくてはいけなくなる。


 俺がこの世界から逃げない為の、理由になる。


 そんな、ズルさばかりの俺の言葉を、三条さんは真剣な面持ちで聞いていた。



「大切な妹に、似ていたんだ。だけど、会ってみたら全然違った」


「……妹さんに、会いたいの?」


「会いたい。でも、俺はまだ此処に居なきゃいけない」


「大切な人なんでしょ……? 会いたいなら、会いに行けばいいじゃん」


「遠い場所なんだ。会いに行ったら最後、此処には戻ってこれないから」



 その言葉を聞いて、三条さんは俺に伸ばしていた手を引っ込めた。

 後押ししたい気持ちと、したくない気持ちが、彼女の中で押し問答しているのかもしれない。

 そんな素直な所が三条さんのいい所だよなと、少し笑ってしまった。



「此処から離れる気はまだ無いよ。三条さんの事側で見てるって約束したし。吾妻さんの事も、ヒナちゃんの事も、今全部捨ててしまったら、後悔しそうだ」



 本心だった。

 精一杯笑ってみせたけれど、キチンと笑えているのかどうかは、わからない。

 その言葉を聞いた三条さんは、再び俺に手を伸ばす。


 気付いた時には、顔が温かいものに包まれていて、柔らかいものに押し当てられていて、いつか嗅いだベリー系の、あの香りに包まれていた。


 ――抱き締められてる。



「ごめんね」



 上から降って来た言葉は、とてもとても小さくて、震えていた。






 

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