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73.白昼夢を見ている





 白昼夢を見ているのだと、すぐに気がついた。

 モブ子を目にした次の瞬間、俺は、俺の家にいた。

 実家の、ではない。ゲームの世界に入り込む以前に住んでいた、家だ。


「ねえ、兄ちゃん。大人って自由?」

「いや、めちゃめちゃ不自由」

「なんでそんな、夢の無い事言うの」


 けれど現実に戻る方法はわからない。

 俺の口は勝手に動き、俺の手も勝手に動く。

 ローテーブルを間に挟んで、テレビの前に置かれた二人がけのソファーに、二人で並んで腰掛けて、俺と彼女はゲームをしていた。

 時折ほんの少しだけ思い出す、モブ子と瓜二つの、例の彼女だ。


 俺のジャージを上下揃いで着込んで、コンビニのくじで引き当てた特別思い入れも無いアニメのクッションを抱いた彼女は、ローテーブルの上に置かれたスナック菓子に手を伸ばして、ひとつ摘んで口に運ぶ。


「でも一人暮らししてる。いいなあ」

「ほとんど二人暮らしみたいなもんだろ」

「いっつも私が居るもんね」

「そうだな」

「ごめんね」

「気にしてないよ」


 ぽちりと、丸ボタンを押せば、ウィンドウにメッセージが流れる。

 ゲームなんて、いつぶりだろうか。

 高校生の時分に友人が持ってきてそのままになっていたゲームソフト。

 独り立ちの為の部屋の片付けを手伝ってくれた彼女が発掘し、やりたいとせがむもんで、落ち着いた今こうして新居でプレイしている。

 随分と年代物の、ギャルゲーだ。


 何が楽しくてイトコの女の子とギャルゲーなんてせんにゃいかんのだと、内心では悪態を吐きながら。

 ――そう、イトコだ。彼女は俺の母親の、妹の娘。

 俺は、彼女が笑っているので良いかと、半ば諦めながらボタンを押す。


「大体、なんでこのゲーム?」

「運命かなって。パッケージ裏見て思ったから」

「何が?」

「名前。このゲームのキャラクターの名前って名字が一から六で、名前が曜日の土曜日まででしょ?」

「はー……、……そんなの良く気付くな。言われてもわからんわ」

「名字はわかりやすいじゃん。四番目だけ変化球だけど」

「それで、自分を入れたらぴったり七番目と日曜になるからか?」

「そう! 運命でしょ!」


 まあ、そう言われれば、偶然にしては出来過ぎている気がしなくもない。


 一番目の名前と名字は、だなんて解説を聞き流しながら、フルボイスだし、オートでメッセージを流してくれるボタンがあったはずとコントローラーをかちゃかちゃ弄くり回していると、オートスキップのボタンを押したらしく、メッセージが物凄い勢いで流れて行く。


「ちょっと! 兄ちゃん何してんの!」

「いや、自動でメッセージ流れるみたいなん、なかったっけ?」

「そんなんゲームしてる気になんないじゃん! もー、はじめからね」


 ボタンを押すか押さないかなんて別に大した問題じゃないだろうに。

 自分でコントローラーを握る事すらしないくせに、注文だけは多いもんで、はじめからを余儀なくされた。


 名前を決めろと言われるので『田中太郎』と入力しておく。


「兄ちゃんの名前入れればいいじゃん」

「妹分の横で自分の名前入れてギャルゲーやるってどんな罰ゲームだよ」

「へへへ、いいじゃん」


 妹分。そう表現すると、彼女は酷く喜んだ。

 彼女の家庭は、母子家庭だ。

 母親は所謂ネグレクトというやつで、家にはほとんど帰ってこない。

 半分は仕事。半分は男の所。

 施設に預けるという話も出ていたが、その更に母、俺の祖母にあたる人は世間の目を気にしてそれを拒んだ。

 彼女の母の姉にあたる、俺の母親は、そんな彼女を哀れに思って、良く家で預かっていた。

 それなりに年の離れた、イトコの子。


 父に「優しくしてあげなさい」と言われ、母に「宜しく頼む」と頭を下げられ、俺にはこの妹分を拒否する選択肢なんてなかったし、可哀想だなとは確かに思ったので、それなりに仲良くしていた。

 そうしている内に、彼女は俺に懐いてくれたし、懐かれれば悪い気もしないもんで、こうして成人して一人暮らしを始めた今でも、彼女は妹分として良く家に泊まりに来る。

 ほとんど、住んでいる勢いだった。


「この子。名前おんなじなんだよ」

「え? いや、違うじゃん」

「でも、二文字同じ」


 昔懐かしい紙の説明書を、ケースから引っ張り出した彼女は、キャラクター紹介のページを見て嬉しそうに笑っている。


「攻略、この子にしようよ」

「え、やだけど? 年齢一個下だろ? 二年になるまでやんの?」

「は? 終わるまでやるけど?」

「は、俺明日仕事だけど?」

「私も明日学校だけど?」

「あれ? 頭悪い子かな? 誰も得しないのわかる?」


 クリアまでやる気らしいが、徹夜でやっても終わる気がしない。

 じゃあ一年目適当に飛ばすからメッセージスキップしていい? と聞いてみると「兄ちゃんが自力でスキップするならいいよ」との事。


「おお、やってやるわ」


 意固地になってバツボタンを超絶虐めてやったら、十分もしない内にバツボタンがお亡くなりになられた。


「あっはは、兄ちゃんがコントローラー壊したあ!!」


 この妹、ご機嫌である。

 まあ、コントローラーが壊れた事は僥倖だ。

 これでもう不毛な遊びをしなくて済むだろう。


「ふふふっ、じゃあ兄ちゃんコントローラー、買ってきて」

「はあ? 真面目に言ってる?」

「真面目に言ってる」


 真面目に言ってんのかあ! はあああ、と脱力して大袈裟に項垂れてみたけれど、許してくれる気配が無い。

 ソファーから立ち上がった彼女は、ぽてぽてと歩いて、玄関から俺の財布を取って来る。


「マジですかあ」

「途中でアイス買って食べていいよ」

「……買ってこいと?」

「んーん。私の冷凍庫にあるもん」


 慈悲もクソも無い。まだついでに買ってきてと言われた方が可愛げがある。

 季節は夏で、外は暑い。大変外へは出たく無い気分だったけれど、これはもう、買いに行かなければ話が進みそうもない。


 今更あのハードのコントローラー、売ってんの?


 もう一度大きな溜息を吐いて見せたが、彼女は行ってこいとばかりに手を振ってみせる。


 仕方が無い。

 外へ出るか。


「兄ちゃん」

「……何」


 酷くげんなりとした気分で玄関に向かうと、後ろから彼女の声が聞こえる。

 振り返れば、彼女は少し照れたように笑っていた。

 右側の、髪の一房をくるくると手で弄ぶのは、彼女の照れているときの、癖だった。


「早く帰って来てね」

「出来ればなぁ」

「あはは!」


 靴を履いて、外へ出ると、その日差しに目が眩む。

 次に湿度の高いむわっとした空気に全身が包まれて、早くも汗が噴き出てきそうだ。


 だるい。行きたくない。けれども、早く帰って来いと言われた手前、早く向かわざるを得ない。

 あまりのろのろとしている時間は無い。

 彼女は、ひとりが苦手なのだ。


 なるべく早足で、マンション住まいなもんだからエレベーターな訳だけれど、待つのも暑いし邪魔くさかった為、階段を駆け下りる。


 適当なところでコンビニ寄ってアイス食おう。


 そう心に決めながら、俺は一番近いゲームショップへ向かった。


 ――そうして、一軒目。

 そんな古いものは置いてないけど、一駅向こうのレトロゲーム屋ならあるかもしれないと、助言を受けた。

 そこへ向かう道すがら、暑さに負けてコンビニへ立ち寄った所で、この白昼夢は、俺の長い長い、戦いの初日に、続く。




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