72.ねえ、キミ
水無月仁美は、心の底から知らないといった様子で、画面の中の人相書きの写真を眺めていた。
「わたしも、知らないかなぁ」
後に続くように、二ノ前満月が同意する。
この時点ではまだ友人で無いのか、隠しているのか、表情から真偽は読み取れない。
「田中くんはどうしてこの子を探してるのかな?」
「昔、少し見かけた事があって。……この学校に通ってるはずなんですよ」
「名前は?」
「知りません。登校して無い可能性も含めて探してるんですけど」
「一年生できちんと登校してないのって五十嶋さんだけだから、それは無いと思うけど。……ふーん」
写真と俺を見比べる様に、水無月仁美は視線を交互に移す。
その目は値踏みするような、訝しむようなもので、意図は読めない。
けれど、続く言葉は、至極、水無月仁美らしいものだった。
「田中くんは欲張りだなぁ。もう十分女の子はべらしてるのにー」
「そういうのじゃ、ないんですよ」
「またまたぁ、青春だなぁ」
くんくんと鼻を鳴らす水無月仁美は、本当に普段通りのリアクションだった。
対して、二ノ前満月は押し黙っている。
何かを考えるように、ずっと携帯の画面に視線を浴びせ、口元へ手を添える。
「コタローくんは、やっぱりこの子が良いの?」
その質問は、流れとしては不自然なものだった。
水無月仁美は首を傾げる。
けれど、俺には理解出来た。
周りに沢山の攻略対象キャラクターが居るのに『やっぱりこの子が良いの?』という事だろう。
それは、この世界の事を知らなければ、――俺がモブ子の事を思っていると、知っていなければ出てこない発言だ。
周囲の音が、ぴたりと止む。
風の音も、木の葉が揺れる音も、学校の外を走る車の音も、何もかもが、聞こえない。
異様な空間の中で、口を開いたのは、水無月仁美だった。
「ミツキちゃん。ちょっと用事思い出したんだけど、いいかな?」
暗に、俺に外せと言っている。
意識が完全に二ノ前満月へ向いていたせいで、上手く言葉を返せずにいると、水無月仁美は真っ直ぐ俺を見据えて、困ったように笑ってみせた。
「ちょっと、大事な用事なんだ」
「あ、……はい」
この場を後にする他無かった。
留まって事情を聞き出すことも、可能なのかもしれない。
けれど、神がどちらか判別もつかない内に、そちら側と揉めるのは如何なものか。
五十嶋桂那に相談してからの方が無難ではあるし、俺はまだ五十嶋桂那の言っていた『約束』とやらを、思い出してもいない。
完全に、相手を敵に回すのは尚早だろう。
今回の収穫は、水無月仁美と二ノ前満月はモブ子の事を知らないと言った事と、二ノ前満月が五十嶋桂那と同様に此処がゲームの中の世界である事を理解している事。
恐らく、ループについてもだ。
過去にも俺がモブ子を追っていたのだとすれば、知っていても不思議ではない。
「コタローくん」
すごすごと、尻尾を巻いて逃げようとしていた俺は、その声を受けて振り返る。
二ノ前満月が笑っていた。
「あの事、秘密ね」
あの事――鴎太の事だろう。
別に言いふらす気もないし、言いふらしそうなキャラでもないのに、態々口止めをするなんて、よっぽど隠したい事なのだろうかと考えたが、ふと、あの異様な無音の時間の事を思い出す。
俺は、未だにクイックロードが起きた瞬間を感知する事は出来ない。
けれどもし、あの瞬間にクイックロードが起きていて、俺の記憶が改竄されていたとしたら?
五十嶋桂那は、俺に対して記憶の改竄はもう起きないかもしれないと、言っていた。
この記憶が、もし消す処理を施されていた場合、安直に同意してしまうと、俺は記憶への干渉が失敗している事を晒す事になる。
「何の事ですか?」
これが一番無難な返答だろう。
二ノ前満月はその言葉を受けて、安堵した様な表情を見せた。
それが何に対しての安堵なのか、俺にはわからなかったけれど、これで危機的状況は脱したはずだ。
前へ向き直り、俺は部室へ戻るため、旧校舎へ向かって歩を進める。
一年生に、登校を拒否してる生徒はいない。
転校生という可能性も無くはないけれど、極めて低いだろう。
そうなると、ますます、モブ子は存在しない可能性の方が高い。
ヒナちゃんが電話番号のついでに登録してくれたメールアドレス宛てに、部室へ戻る旨を打ち込んだメールを送信する。
あとは、五十嶋桂那に、モブ子が居なかった件を伝えなければ。
五十嶋桂那はモブ子を探せば次に繋がるような事を言っていたが、結局分かったことと言えば、モブ子は居ないという事実だけだ。
それは、それだけで十二分に恐ろしい事ではあるし、知っておかなければいけない事ではあるけれど、何故次の指示が『約束を思い出したら電話して』だったのだろうか。
「ねえ、キミ」
校舎内に入り、階段に向かって歩いていた時だ。
先程、二ノ前満月に声を掛けられた時のように、後ろから声がする。
その声は、よく知っている声だった。
女の子にしては少し低くて、でもハスキーという程でもない。
可愛らしげがないと、いじける彼女を、何度宥めてやった事だろうか。
「ねえってば」
ゆっくり、振り返る。
そこには、三条さんが描いた絵にそっくりの、名無しのモブ子が、立っていた。
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