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67.何が正しい?





「コタローさん、危ない人みたいですね」

「よく見えるよ」

「でしょうね」


 手のひらサイズの小さな双眼鏡を手に入れる事が出来たので、それを使って下階の女子生徒を観察する。


 以前、球技大会の際は、眼鏡を掛けた女子生徒を探していたが、良く良く考えると体育の際は眼鏡を外している可能性が無くはない。

 一人一人じっくりと眺めていた為に、吾妻さんからは冷たい言葉を頂いてしまったけれど、重要な問題なので致し方無いだろう。


 俺の陰に隠れるようにしゃがみ込んで、猫丸と戯れる吾妻さんは、時折言葉を投げ掛けてきた。


「見つかりそうですか?」

「いや……、今のところ、いないね」


 地味目な女子生徒を積極的に観察する。

 背が極端に高かったり、低かったりする場合はスルーだ。

 ペアでパス練習をしているせいで、此方に背を向けている生徒もいる。振り向くか、ボールを拾いに此方へ向かってくるまで待たなければならないので、中々根気がいる作業だった。



「――いなかった」



 すべての女子生徒の顔を確認し終えたのは、ほぼ、五限目の終わりを告げるベルが鳴るのと、同時の事だった。


 なんとか、間に合った確認作業。


 収穫はC組とD組に、モブ子はいないという事だけだった。


 無論、休んでいる可能性も大いにあり得る。


 それを確認するには教員の力を使う他無いが、大人の知り合いなんてものは、水無月仁美くらいなものだ。



「一旦部室に戻りましょうか」



 呆然と立ち尽くしている俺に、吾妻さんが労るように言葉を掛ける。


 見つかると思っていた訳では無い。

 むしろ、見つからない気がするとさえ思っていたのに、ショックが大きい。


 三条さんと、ヒナちゃんからの連絡もない。

 向こうで見つかったとなれば、此方の捜索が必要無くなる為、すぐに連絡が来るだろう。

 それがないという事は、向こうにも居ない可能性が高い。


 欠席者の中にも、モブ子がいなければ?


 この世界に、モブ子なんて存在していなければ?


 何度か頭に浮かんだ事柄なのに、こうして実際に真相へ一歩踏み出してしまうと、急に足元ががらがらと崩れ落ちていくような感覚に襲われる。


 ――何が正しい?


 俺の、モブ子に会いたいと思う気持ちが偽物であるなら、三条さんや、吾妻さんや、ヒナちゃん、五十嶋桂那、彼女たちに抱いている感情は?


 果たして、本物であると言えるのか?


 俺は彼女たちの未来を欲して、地盤を固めた気でいたけれど、それが間違い無く俺の考えであるという保証なんて、ひとつもない。


 居ないと分かってしまったら、俺は根底から自分の事を疑わなくてはいけなくなる。

 それに、向き合わなくてはいけなくなる。



「コタローさん」



 ぽんと、肩を叩かれる。

 いつの間にか立ち上がっていた吾妻さんは、それから、俺が貸したままになっていたブレザーを、そっと俺の肩へ戻した。



「また、難しい顔をしています」



 困ったように眉尻を下げて、笑ってみせる彼女が、目に映る。



「先程も言いました。私は貴方の味方です」



 力強い言葉は、以前の彼女であれば、決して口にしなかった言葉かもしれない。

 計算なんて一つもないように聞こえる、凛とした良く通る声だった。



「怖がりは私の専売特許なんです。何が、怖いですか?」



 怖がる事が専売特許だなんて、嫌な話だ。

 思わず笑ってしまうと、吾妻さんも釣られて、嬉しそうに笑った。



「俺は、最近、自分の気持ちが分からないんだ。何が正しいのか、どれが真実なのか――」


「心から正しい人間なんて、そんなにいないんです。思う事に、正しさも真実も、ありません」


「……正しさも真実も、ない?」


「貴方が教えてくれましたね」



 ――俺が教えた?

 何の事だろうかと、黙って吾妻さんを見詰めていると、彼女は目を閉じて、右手の人差し指を、真っ直ぐ立てる。



「嘘なんてつかなくていいんです」



 確かに、俺は吾妻さんの言葉に対して、嘘をつかなくて良いと、言ったことがある。

 それが、どう今の話に繋がるのだろうか。

 言葉も出ずに見詰めていれば、彼女は一息間を開けてから、再び言葉を続けた。



「例えば、一年生の男子生徒。人の気持ちを考えず、自分の気持ちだけを優先して動きます。――あれは正しい事とは言えませんよね」


「――うん」


「けれど欲望というものは、きっと、誰にでもあります。それを正しくないと判断するのは、頭ですよね。正誤を選ぶ第一の権利は、自分自身にあります」




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