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66.普通、逆じゃない?




 体育の授業は、二人一組のボールを使ったパス練習のようなものだった。

 宙を舞うボールを揺ら揺らと追いかける女子生徒たちは、中々可愛らしいものがある。


 所謂、顔なし。


 モブの中でも更にモブの扱いである女子生徒たちは、まるで実在する女の子たちのように、コピペでは無いそれぞれの容姿を持っている。

 一年男子生徒の中でも、結構な人数が攻略対象キャラクターから、こちらの女子生徒狙いにシフトしているという噂も、ちらほらと聞いてはいた。


 以前は散々後ろをついて回っていた鴎太が、例の『此処へ来る前の話』をして以降、あまり側に寄ってこなくなったので、そういった情報に疎い面はある。


 けれど、如何せん、転移者の声はデカい。


 廊下を歩いているだけでも、そういった話は十二分に、耳に入る。


 現に、体育館内のギャラリーには、数人の一年男子生徒がたむろしていた。


 あのモブの乳はデカいだの、あのモブの容姿のランクはだのと囁いていたが、彼らは吾妻さんを目にした途端に、押し黙る。


 遠巻きに此方をチラチラ盗み見るだけならまだしも、じわりじわりと歩み寄って来るヤツらがいて鬱陶しかったので、彼らの視線を遮る様に吾妻さんとの間に立てば、やけに大きな舌打ちだけが、聞こえてきた。


「……ありがとうございます」

「一旦外出る?」

「コタローさんが居るので、大丈夫ですよ」


 身を寄せて、俺だけに聞こえるように小さく囁く吾妻さんは、笑みを浮かべている。

 あまり過信されても、俺の体力的なパラメーターは相当低いので、乱闘に発展した場合は十中八九負けてしまうんだけど。


 吾妻さんだって、俺の体力の無さは知っているはずなのに、それでも俺が側に居ることが安心に繋がっているらしかった。


 ――それはさておき、何にしても、あんなに堂々と他の生徒が居るのだから、わざわざ隠れる必要も無いだろう。

 俺と吾妻さんも、立ったまま下階を見下ろしモブ子探しに取りかかったが、唐突に足元から、鳴き声が聞こえる。


「ふみゃ」


 最早確認しなくても、猫丸だろうなと思える程に、聞き覚えのある鳴き声だ。


「猫さんですね」


 しゃがみ込んだ吾妻さんが、そいつの頭を撫でている。

 猫丸は自身の頭を、吾妻さんの手に擦り寄せるようにぐりぐりと、首を振り喉を鳴らしていた。


 ――猫丸の位置、パンツ見えてるんじゃないか?


 じりじりと此方に距離を詰めていた向こうの男子生徒も、同じ事を考えたようだ。


 俺と吾妻さんの間に居る猫丸の前にしゃがみ込んでいるもんだから、必然的に、吾妻さんは男子生徒の方を向いてしゃがみ込んでいることになる。


 振り返れば、男子生徒は「うわ! 突然眠気が……!」だなんだとわざとらしく叫びながら、床に付している所だった。


 目をぎらぎらと光らせて、ズボンのポケットから双眼鏡を取り出す。

 その流れる様な動きは、見事な覗き魔のそれである。


 俺は酷く気分が悪くなったので、ブレザーを脱いで吾妻さんの膝の上に掛けてやった。



「ああああああああああああぁぁぁぁああ!!」



 絶叫。

 鼓膜がやられるんじゃないかと思う程の、体育館に響く声。

 びょんとバネ仕掛けの玩具の様な不自然な動きで立ち上がったそいつは、此方へ駆けて来ようと、クラウチングスタートのポーズへ移行する。

 これまた、手慣れた、流れる様な挙動だった。

 隣に居る他の男子生徒が引き気味に、距離を取る中、勢いよくそいつは、スタートを決める。



「ごおおおおおおおおおっふっ!?」



 そうして、立ち上がったソイツの頭に、勢い良く下から飛んできて、壁を使って跳ねたボールが見事に決まる。


 豪速球。

 オマケの、硬い硬い、バスケットボールだ。


 手から放たれた双眼鏡が放物線を描き、床に散る。


 からからと音を立てて此方へ滑って来たそいつは、きっとモブ子探しの役に立つと思ったので、拾い上げておく。


「うるっさい!! 見学なら静かにしなさいな!」


 下から聞こえて来た声は、水無月仁美のものだった。


「ぶみい」


「お前が連れて来たの?」


「んなあ」


「ありがとな」


「コタローさん、凄く笑顔ですね」


「ちょっとスッキリした」


 まさか水無月仁美に感謝する日が来ようとは、思わなかった。


「猫丸そっちにいないー?!」


「いませーーーーーん!」


 別の生徒が代わりとばかりに返事を返す。

 少し震えているくせに、しれっと嘘を吐くそのメンタルに感心せずには居られない。

 お陰で水無月仁美は、すごすごと体育館を後にする。


 万事が上手く行きすぎて少し怖いが、吾妻さんに向き直り、一応、笑い掛けておく。


「気を付けてね」

  

 ブレザーを指差せば、すべてを理解したようだ。


 顔を真っ赤にさせた吾妻さんは、外方を向いて、少しの間を開けてから、ようやく口を開いた。



「スパッツ、はいてます。遂叶ちゃんじゃ、あるまいし……」



 その言葉が予想外の返答を極めすぎていて、俺は少しの間、思考を手放さざるを得なかった。


 普通、逆じゃない?




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