65.粛々と階段を上った
「あみだをします!」
声高々に宣言したヒナちゃんは、鞄からノートとボールペンを取り出すと、簡単にあみだくじを作成した。
「はい! ヒナ一番最後に名前書くから、みんな名前書いて!」
後ろを向いたヒナちゃんは、下の部分に数字を書いたらしい。
その部分をくるくると折り畳み、完成したそいつを、机に置いた。
同じ数字が出た人同士でペア。
非常に分かり易いルールの元、吾妻さん、三条さんが名前を書き込む。
「コタ、どっちにする?」
ノリノリの三条さんは、俺の分の名前も書いてくれるらしい。
「じゃあ、右の方」
「おっけー!」
コタ、と丸い字で書き込んで、それから続けてヒナと、これまた丸い字で書き込む。
ヒナちゃんは、線なんかも雑に書いているので、もしかすると三条さんが一番丁寧に、可愛らしい字を書くのかもしれない。
「じゃあ、ヒナが結果を発表します!」
紙を手に取って、隠された下の部分を広げたヒナちゃんは、赤ペンであみだくじをなぞっていく。
「んーとね、スイちゃんと、ヒナ。サキちゃんと、タロくんだね!」
自分で選んでいたら、まず無い組み合わせかもしれない。
三条さんが「げ、お守りじゃん」と真底嫌そうな顔をするので、ヒナちゃんが殊更ご機嫌に三条さんに抱き付く。
「コタローさん、よろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべた吾妻さんの顔には、三条さんとペアが良かったと、書かれているように見えた。
―――
A組とF組に、モブ子は居ない。
俺と三条さんはA組でモブ子を見た記憶が無いし、吾妻さんも、F組でモブ子を見た事は無いとの事だった。
BからEまで、計四クラス分なので、一組あたり二クラス。
一年である事に間違いは無いので、確認だけならすぐに終わりそうだ。
さて、問題は、探し方だ。
吾妻さんの情報によると、この時間、C組、D組は体育の合同授業で体育館に居るらしい。
他二クラスに関しては、それぞれの教室に居る。
手分けしてとなった為、担当決めを三条さんと吾妻さんがジャンケンで決める。
結果、吾妻さんが見事勝利し、体育館側を選択した。
前準備も何もしていなかった為、教室側の中を見る手段が、扉を開ける他に無いのだ。
教師に怒られる可能性が高いし、走って逃げるのは三条の方が適役だろう。
「体育館のギャラリーにのぼろうと思う」
「そうですね。私もそれが良いと思います」
体育館の二階部分には、観客が立ち見出来るようなスペースが設けられている。
玄関口にある階段から上る事の出来るそのスペースは、落下防止用の柵の下部に板が当てられている為、身を低くすれば下に居る生徒にバレずに観察する事が可能だろう。
「陽菜美ちゃんの先輩、どんな人なんですか?」
体育館へ向かうには、一度旧校舎を出て、西側へ向かって歩かなければいけない。
その道すがら、吾妻さんは下を向きながら、世間話でもする様な声音で言葉を投げる。
恐らく、俺の一目惚れの相手がその人であると、紐付けて考えているのだろう。
「……見た目は、あんまり、目立たない人」
「話した事がある訳では無いんですか?」
「……そうだね」
「見た目が好みのその人に、身近に居る女の子が勝つ方法はあるんでしょうか」
今度は、独り言のように、そんな事を呟く。
三条さんのことだろう。
吾妻さんは、少し悲しそうな顔をしてから、笑った。
「ずるい質問ですね」
「……答えられない質問ではあるね」
「すみません。コタローさんは、話しても無い相手に興味を抱く事なんてなさそうなのになって、不思議に思っただけなんです」
「ヒナちゃんが、会いたいだけだよ」
「……ずるいですね」
責めている様な言葉なのに、その声に批判的な含みは無かった。
一度目にずるいと言った時の様に、まるで自分に向けて言っているかのような、声だった。
その真意もわからないままに、体育館にたどり着いた俺と、吾妻さんは、玄関口の扉を開ける。
中からは楽しそうな生徒の声と、ボールの跳ねる音が聞こえてくる。
球技大会の際に観察してみた時には、見つからなかったが、此処にモブ子はいるのだろうか。
居たとして、俺はどう話し掛ければ良いのだろうか。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
隣に居る吾妻さんに聞こえているんじゃないかと思って、横を見れば、吾妻さんは、困った様に笑っていた。
「行きましょうか」
「……うん」
踏み出さなくては、何も始まらない。
若干の恐怖を覚えながら、俺は、粛々と階段を上った。




