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64.笑う他なかった





「吾妻咲ちゃん、この前はごめんなさい。ヒナ、勘違いで気が立ってて、八つ当たりしました」


「はい。気にしていないので構いませんよ」


 椅子に座る吾妻さんに向かって深々と頭を下げたヒナちゃんは、お許しを得た事で勢い良く頭を上げて、三条さんに飛びついた。


「やったー! スイちゃん、ヒナ許して貰えたよ!」

「うるさ……、ひっつかないでよ……!」


 顔を真っ赤にさせた三条さんは、ヒナちゃんのおでこを右手でぐいと押して離そうとしたけれど、ヒナちゃんは中々しぶとくまとわりついていた。


「二ノ前さんを呼んで来ましょうか?」

「別にお姉ちゃんと会いたくないもん」


 姉に会いに来たと思ったのだろう。

 吾妻さんが親切心で提案するけれど、それは一蹴されてしまった。


 ――昼休憩中の、旧校舎四階。

 部室で昼食を食べている、三条さんと吾妻さんの元へ向かう事で、ヒナちゃんは吾妻さんに謝罪するというミッションを無事成功させた。



「じゃあ、アンタ何しに此処に来たの?」

「ヒナ、一個上のセンパイでお世話になった人が居るんだよね。だから探しに来たの」

「名前は?」

「忘れたよ!」

「……それ、本当に世話になったの?」

「なったよ。卒業してからずっと会ってないから会いたくなって来たの」



 気を遣ってくれたらしい。

 此方を向いて俺にだけ見えるように片目を瞑ってみせたヒナちゃんが、とてつもなく頼もしく見える。



「んー、じゃあ、人相書きでも作る?」



 何でも無いように言った三条さんは、鞄からノートを取り出して、筆箱から鉛筆を一本取り出した。


「どんな子?」


 学校へ来る道すがら、ヒナちゃんにはモブ子の特徴を伝えていた。

 伝えた情報を元に、ヒナちゃんは三条さんにその特徴を挙げていく。

 紙の隅にざっくりと要点を書き出した三条さんは、それから輪郭をいくつか描き出した。


「どれが近い?」


 ヒナちゃんが俺を見る。


「コタも会ったことあるの?」

「――うん」

「へえ……」


 何かを考えるように、三条さんは視線を泳がせたけれど、深くは聞いてこない。

 周りに気を遣わせてばかりで嫌になるけれど、深く話しても三条さんを傷付ける事になりそうで、此方からも、何か言葉を掛ける事は出来なかった。


 輪郭の次は、目、鼻、口、と順にパーツを決めて行き、最後に出来上がった絵は、モブ子そっくりに完成していた。


「スイちゃん、絵、うますぎない?」

「何でも出来るんだよ」


 言い終えてから、三条さんは眉を顰めていたので、失敗したと思ったのだろう。

 けれど、それを聞いたヒナちゃんは目をキラキラさせて「スイちゃんかっこいいーー!!」と興奮していた。


「お姉ちゃんがさ、何褒められても笑うだけなんだけど、スイちゃんくらい開けっ広げの方がいいと思うよ! ヒナは!」


 きゃっきゃ喜ぶヒナちゃんの事を、三条さんはぽかんと口を開いて眺めていた。

 その様子を微笑ましそうに、そうして少し悲しそうに眺めていた吾妻さんも「私も、遂叶ちゃんの素直なところが大好きです」と言葉を添える。


 この三人の関係は、良好に回っているように見える。


 これがループの中の、一瞬の幸せでしか無い事を思い出してしまい、途端に、心に影が差す。


 ――果たして、この世界の謎を解く事は、彼女たちにとって良い事なのだろうか。


 俺はこの世界がループしているという話を聞いて、茶番だと感じた。


 未来が欲しいと思った。


 けれど、結果、世界が消えてしまう様な、結末を迎えたら?



 三条さんも、吾妻さんも、ヒナちゃんも、世界と一緒に消えてしまうのではないか?


 その結末は、彼女たちにとって幸せと呼べるものでは無いはずだ。


 ループを繰り返すままである方が、幾分かマシな可能性さえある。



 鴎太の言葉が、頭を過ぎる。



『元の世界に戻りたいと思ったら、その時は教えてくれよ』



 あの言葉は、元の世界に戻る方法がある事を示唆している。


 俺はこの世界から抜け出す為の鍵となる人物を、既に把握しているのだ。

 全てを投げ出して一人逃げる事が可能なのであれば、知らない振りをして、元の世界に戻り、この世界のループには触れずにいる事も、出来るんじゃないか?


 モブ子を探すよりも先に、そちらの選択肢も視野に入れて、鴎太に話を聞くべきじゃないか?



「コタ、昨日からずっと難しい顔してるよね」



 自分の世界に入り込んでいたせいで、周りが見えていなかった。

 投げ掛けられた言葉に、良い言い訳が思いつかず押し黙っていると、三条さんは、呆れたように笑ってみせる。



「コタはさ、きっとそんなに心強くないじゃん。アタシだって人の事言えないけど、だからこそ一緒に居て安心できるんだと思うんだ」



 三人の視線が突き刺さる。

 どこか仕方がないといった色を含んだその視線は、そんな俺を許すと、言っているみたいだ。



「何かあるなら、頼ってよ。頼りないかもしんないけど。友達じゃん」



 三条さんは、笑っていた。

 吾妻さんも呆れたように笑みを浮かべ、ヒナちゃんは三条さんにぎゅうとしがみつく。

 それでもう一悶着始めるもんで、ああ、この子たちは確かにここに実在しているんだなぁ、なんて、改めて実感した。


 ――幸せに、笑っていてほしい。


 世界と共に、彼女たちが消えるような未来には、絶対にさせない。


 それがまず、一番守らなくてはいけない事だ。


 彼女たちが延々と不遇のままループするような現状を、打ち壊したい。


 それが、俺の、したい事。

 逃げるのは、いつだって出来る。


 立ち止まっていて、得られるものは何もない。


 成し遂げたい事があるのであれば、欲張らなければいけない。


 その為に、まず、世界の事を知る。

 モブ子を探す。

 改めて自分に言い聞かせながら、ようやく言葉を紡ぎ出す。



「ありがとう。三条さん、頼りにさせてもらうよ」


「う……、うん」


「まずは、ヒナちゃんの先輩探しを頑張ろう」


「昼休憩が終わったら、教室を見て回るのが良いかもしれませんね。五十嶋さんのように、クラスに居ない可能性もありますが、簡単な所から処理して行く方が良いと思います」


「うん、そうだね」


「それじゃ、ヒナと愉快な仲間たち! チーム分けをしよう!」


「愉快な仲間たちじゃないし!」



 もう一悶着。

 どれだけ戯れ合えば気が済むんだろうかと、保護者の気持ちで眺めていると、吾妻さんが椅子から立ち上がり、俺の傍まで歩み寄ってくる。



「私も、コタローさんの味方ですよ」



 身を寄せて、ほんのり頬を赤らめて、そう呟いた吾妻さんは、それからそそくさと三条さんの方へ行ってしまったけれど。


 随分と恵まれた環境を目の当たりにしてしまって、日和っていた自分が、情けなくて、馬鹿らしくて、俺は笑う他なかった。





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