62.神の名前?
ヒナちゃんが黙々とポテトを齧る様子を眺めていると、店内に着信音が鳴り響く。
俺のポケットの携帯が鳴っている音だった。
取り出して確認してみたが、未登録の電話番号らしく、ディスプレイには番号の羅列だけが並んでいる。
「出ていーよ?」
ヒナちゃんが促すので、通話ボタンを押して、そいつを耳に当てた。
知らない番号の電話に出る事に対して、不思議と抵抗は感じない。
五十嶋桂那だろうと、思ったからだ。
電話番号を教えては、いなかったけれど。
「もしもし」
『もしもし』
その声は、やはり記憶にある、五十嶋桂那のものだった。
耳がこそばゆくて、心臓が存在を主張する。
何を言い出せば良いのか分からずに、無言で居ると、電話口から声が聞こえた。
『ヒナミはごはん、食べれた?』
「ああ、……うん」
『そう。良かった』
面識があるのだろうか。
えらく思い入れのあるような、労わる様な声音でヒナちゃんの名前を呼ぶもので、少し面を食らってしまった。
『ヒナミがいるなら大丈夫。今日のことは、全部ヒナミの所為として処理される』
五十嶋桂那は、対面時と違い、饒舌だ。
痞える事もなく、するするとそんな言葉を口にするもので、上手く意味を理解する事が出来なかった。
「……どういう事?」
『神の意思に背く行為をした場合、神は時間を巻き戻す』
唐突な、オカルト発言。
けれど、俺は、その言葉を信じざるをえなかった。
現に何度か、巻き戻りを経験しているのだから。
『流れは簡単。神は、世界の歪みを察知すると、世界を巻き戻す。その際に、同じ未来へ進ませない為に、人の記憶を書き換える』
掠め取る、では無く、書き換えるらしい。
世界の歪みというのは、よくわからないが、不都合が出た場合、それを察知する能力を持っているらしい。
『神は万能じゃない。ルールがある。その枠から出る事は出来ない。例えば、人の記憶を書き換える事は出来るけれど、人の記憶を自由に読み取る能力は持っていない。例外は一名、存在するけど』
「例外?」
『例外の名前は言えない。神のお気に入りとだけなら。お気に入りだから、常に行動を監視出来るように、出来てる』
「誰の事なんだ?」
『神の名前?』
「ああ」
神だなんてまどろっこしい言い方ではなくて、誰が神なのか知りたかった。
だから俺は質問した訳だが、その返答は、ただのノイズ音で返って来た。
とても聞き取ることの出来ない、壊れたラジオから出る音みたいだ。
『聞き取れなかったはず。この世界には、禁止ワードの概念がある。筆記、ゲーム、色々試した。でも、どうしても伝えられない言葉がある。だから、神としか伝えられないし、お気に入りの名前も伝えられない』
――なるほど。
今のはどうやら特定の誰かの名前を言ったらしい。
そうなると、神は実在する人物で、認識が可能な人物という事になるのだろう。
例えば神と呼ばれるものが、実態を持たないゲームシステムなのであれば、俺たちは抗う方法が無いので、そんなものを設ける必要なんて無い。
『前述した事柄を鑑みると、記憶を読み取れない以上、電話にさえ気付かれなければ、大丈夫。今、起きている世界の歪みは、田中太郎がヒナミと居る中で記憶を取り戻そうとしている所為だと、誤認するはず。それは、神にとって都合が良い。神は、田中太郎の記憶を書き換えるはず。ほんの少しだけ時を戻して、今日抱いた感情をヒナミに対しての感情に置き換える』
「そうなった場合、俺はどうなる?」
『厳密には分からない。神が、記憶の書き換えが上手くいかない事に気付いて、今日一日を無かった事にした場合、ニイちゃんはこの会話の内容を忘れてしまうかもしれない』
「実験中って事か?」
『そういう事。もしニイちゃんの記憶が消されてしまった場合、私はそれに気付くことが出来る。別の方法を考えるよ』
「俺はそれに気付く事は出来ないのか?」
『わからない。ニイちゃん、私と最後に会ってから、クイックロードは何回起きた?』
「……一度も起きてない」
『……なら、ニイちゃんはまだ完全にクイックロードを察知出来るまでには至ってない。特定の条件下でのみ、察知出来る』
「特定の条件?」
『私が、近くに居るとき』




