61.沢山食べな
「コタローくん」
用務員室を出てすぐに、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り向けば、そこには二ノ前満月が立っている。
「何処へ行くのかな?」
冷たい声だ。
淡々と吐き出された言葉は、まるで俺を責めているように聞こえる。
ただ、表情だけはきちんと笑みを浮かべていて、そのちぐはぐさが余計に、彼女の異質感を強調していた。
「ヒナミちゃんと会う約束してるから、帰る所です」
事実を述べた。
二ノ前満月が何を思って俺に声を掛けたのか分からない以上、変に誤魔化しても仕方がない。
彼女にとって、俺の返事は予想外だったらしく、目をくりくりとさせて「え? ……ヒナ?」と驚いたように呟いていた。
「あ、そっか。ヒナミ、学校に来たって言ってたね。コタローくんに遊んでもらったって喜んでたよ」
「結局途中で帰って貰ってしまったので、埋め合わせをしようと」
「なるほど、そっか」
俺の返答がお気に召したらしい。
二ノ前満月は、にっこりと、心から笑ってみせて「ヒナと仲良くしてもらえて嬉しい」と、先程よりもずっとご機嫌そうに、言ってみせた。
「それじゃあ、俺は待ち合わせしてるんで」
「うん。それじゃあね」
にこにこ笑顔で手を振る様子は、誰よりも可愛らしい女子高生だ。
好意的に見れば、単純に妹に友達が増えて嬉しい姉なのかもしれないが、二ノ前満月が言えばどうにも裏があるように聞こえてしまうのだから、不思議なもんだ。
長くこの場に留まっていると、一緒に行くと言い出す可能性も無くはないので、足早に校舎を後にして、校門を超えた所でようやく、一息吐く。
後をつけられている様子も無さそうなので、そのまま駅に向かって歩きながら、ヒナちゃんを自然に店へ誘導する方法を、考えた。
気を揉む事ばかり起きると、滅入ってしまうな。
―――
「あ! タロくん!」
駆け寄って来たヒナちゃんは、中学校の制服を身に纏っていた。
以前と変わらず高い位置でまとめられた二房の髪を揺らしながら、此方へ駆け寄ってくる。
「ヒナちゃん。急にごめんね」
「全然いいよ」
小さな手でピースを作って笑ってみせたヒナちゃんは、それから、例のファストフード店を指差した。
「ただ、ヒナお腹すいたから、ハンバーガー食べない?」
「ハンバーガー、好きだね?」
「ムシャクシャするとジャンクが良いよね」
怪しまれないように誘導しなければ、なんて考えていたけれど、杞憂だったようだ。
ヒナちゃんの方から提案してくれたので、ありがたくその提案に乗っかり、以前入ったファストフード店へ向かう。
「今日は吾妻さんと会えるかな?」
「うん。基本的には授業サボったりする人じゃないし、後で三条さんに連絡して、部室に連れて来て貰おうか」
「うん! ヒナずっともやもやしてたんだよね」
基本良い子なヒナちゃんは、吾妻さんに謝罪出来ていないままだった事が引っかかっているらしい。
五十嶋さんとの話が終われば、後は特別予定が無いので、ヒナちゃんの望むとおりに行動して、何ら問題は無いだろう。
相変わらず大量のハンバーガーを頼むヒナちゃんを横目で見ながら、俺はホットコーヒーだけ注文して、纏めて精算する。
お小遣いが入ったので、出る額よりも入る額の方が多い俺の財布は、また頼もしさが増している。
「ヒナちゃんって良く食べるよね」
「んー、ほら、お姉ちゃんが昨日から不機嫌って言ったでしょ? そしたらヒナの事なんて二の次だから、パパもママもヒナのごはん忘れちゃうんだよね」
それは、親としてどうなのだろうか。
ヒナちゃんがあまりにも慣れた事みたいに、何でも無い風に言ってみせるので、俺はもう「沢山食べな」としか、言えなかった。




