57.じゃあ、ロードだ
「んなあご」
旧校舎、三階。
昼休憩後の授業を引き続きサボる俺と、三条さん。
そこに、昼食を部室で食べた後から加わった吾妻さんを含めた、俺たち三人は、旧図書室前に来ていた。
「猫じゃん」
「猫ですね」
「コタの場所教えてくれた猫かな」
「可愛らしいですね」
「ん……、おっさん顔だよ?」
女の子二人に撫でくりまわされようとも、まるで動じないそいつは、猫丸という名前の猫だ。
珍しく校舎内に入り込んで来ているので、少し驚いてしまった。
別に校舎内に居ることに関して特別問題には思わないが、此処に居られると、水無月仁美が乱入してくる可能性がある。
危機回避は大切なので、猫丸を囲うようにしゃがみ込んでいた二人の間に割って入って、そいつを抱え上げる。
「え? コタ、連れて行くの?」
「和むかもしれないだろ」
「適当言ってません?」
「吾妻さんってテレパシー使えるの?」
「適当なの!? ちょっと信じたじゃん」
「三条さんのそういうとこ素敵だよ」
「な……っ」
「誤魔化しましたね」
「――もう!!」
てんやわんやだ。
猫丸を抱え直し立ち上がると、二人もそれに倣うように立ち上がる。
手が塞がっているのでノックして欲しいなぁと考えていると、察しの良い吾妻さんが、溜息をひとつ吐いて扉を小突く。
――無音。
物音ひとつ、中からは聞こえてこない。
隣で三条さんがごくりと喉を鳴らす音が聞こえて、耳がおかしくなった訳では無いんだなぁと思うくらいに、静かだった。
「もう一度ノック――」
してみてください、と言葉を続けようとしたけれど、その言葉は、扉が開いた事によって、遮られてしまった。
金色の髪が、揺れている。
高い位置で結ばれた二房の髪。
俺は、それを何度も目にした事がある気がしてならなかった。
五十嶋桂那と会ったのは、廊下ですれ違った、あの一回だけのはずなのに。
「約束」
やけに響く声だった。
耳を擽られるような、小さな声なのに、やけにはっきりと頭に響く声だ。
以前聞いたあの言葉だって、至極小さな声だったはずなのに、今でも鮮明に思い出せるくらい、はっきりと記憶に残っている。
「思い出した?」
一本立てられた細い指先が、俺の抱える猫丸を指差す。
吾妻さんと、三条さんが、不思議そうに猫丸を見ている。
俺もその意味なんてまるで分からないはずなのに、何故かじりじりと、うなじの辺りが焦げるような感覚に襲われる。
えらく、喉が乾く。
何か喋らなくてはと、口を開いたのに、ひゅっと空気だけが漏れ出て、音にならない。
「ゔなあ」
猫丸がぴょいと俺の腕から抜け出して、五十嶋桂那の足元へ擦り寄る。
その様子を見た五十嶋桂那は、とても、悲しそうな顔をした。
「まだ、だね?」
俺は、彼女がそんな風に悲しそうな顔をしている様子を、ただただ見ていた。
そうして、酷く、既視感に襲われる。
俺は、以前にも、五十嶋桂那に会っている。
「じゃあ、ロードだ」
五十嶋桂那の言葉は、まるで理解が出来ない。
それでも、何か、それがとても重要なものな気がしてならない。
聞かなくてはいけない。
五十嶋桂那が、何者なのか。
何とか口を開いたのに、途端に頭に鋭い痛みが走る。
猫丸が飛び降りてしまって、手持ち無沙汰になっている手を、五十嶋桂那が握る。
真っ直ぐ此方を見詰める瞳には、やはり悲しみが滲んでいた。
それから、五十嶋桂那は口を開く。
『クイックロード』
世界は、ぱちんと弾けて、白になった。




