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50.ウンコが転がっている訳では無い





「二ノ前さんは、思ったより使えませんね。詰めが甘いって言うんでしょうか」



 視線を逸らした彼女の瞳は、まるで猫のウンコでも見ているかのような、冷たいものだった。


 猫丸のウンコが転がっている訳では無い。


 ゲーム内の俺がよく、吾妻さんに向けられていた目。


 吾妻さんは、無価値なものを見る目で、此処には居ない、二ノ前満月を見ている。


 深く考えた事が無かったけれど、思えば、吾妻さんは損得勘定で動く人物なのだろう。


 ゲーム内の吾妻咲が、主人公をウンコを見る目で見てくる時というのは、主人公が吾妻咲にとって価値の無い人間だった時だ。


 その価値を推し量るものは、パラメーター値一択だった。


 吾妻咲は、主人公の頭の良さに友人としての価値を見出し、自分に無いものを持つ主人公に、共に連れ添う価値を見出した。


 吾妻さんが俺に対して、そんな目を見せなかったのは、俺が彼女にとって利用価値があった為に他ならない。


 彼女は俺との出会いで、俺に利用価値を見出したのだろう。だから、俺を訪ねて来た訳だ。



「私。入学式のあの日まで、自分に感情があるだなんて、思ってもみなかったんですよ」



 手品の種を明かすマジシャンの様に。

 淡々と、何でも無い事のように、吾妻さんは言葉を紡ぐ。

 澱みない口振りは、俺の知る吾妻さんとは酷く隔たりがあるように感じた。

 自己を主張しない、控えめな彼女は、此処には居ない。

 剥き出しの彼女は、静かに、心の内をぶち撒ける。


「あんなに恐ろしいものって、無いですよね。自分では絶対に敵う気のしない、絶望感。私、怖かったんです」


 吾妻さんの価値観を歪めたものは、あのイソギンチャクの様な、肉壁。

 あれこそが、勉強が出来る人こそが友人に相応しいという彼女の価値観を、自分を守ってくれる者こそ側に置くに相応しいに、変えたのだろう。


 そう考えると、吾妻さんの今までの行動が、酷く腑に落ちた。


 俺が吾妻さんを守った事で、俺を訪ね、三条さんの見てくれの気の強さを認め、友達になろうと、A組に通った。



「コタローさんは、思う通りに友達にはなってくれたけれど。私の側には居てくれませんでしたね」



 自嘲するみたいに、吾妻さんは笑う。

 その面差しには、悲しみが滲んでいるように見えた。


「三条さんは、強い子だと思ったんです。側に居れば、守ってくれるかなって。でも、そうでも無さそうですね。なら、やっぱりコタローさんを選ぶべきだと思って、二ノ前さんに協力して貰おうと思ったんですけど……」


 ――本当に、彼女の言葉を全て真に受けて良いのだろうか。


 全てを諦めたような、投げやりな口調で語ってはいるが、三条さんの名前を呼ぶ吾妻さんの目からは、決して蔑む様なものを感じない。


 吾妻さんの言う通り、三条さんは吾妻さんを守れない。男子生徒が怖いからだ。

 それに気付いていながら、吾妻さんは、三条さんとの縁を切らなかった。


 俺との縁を繋ぐだけなら、思わせぶりな素振りなんてせずに、さっさと告白してしまった方が楽だっただろうに。

 けれども、吾妻さんは、それをしなかった。

 裏切る形よりも、三条さん自身に身を引かせる方向へ舵を切っていた。



 つまり、吾妻さんは未だ、三条さんの事を友達だと思っている、という事だ。



 例えば、鬼ごっこを終えた彼女が俺の手を取ったあの時。吾妻さんはとても楽しそうにしていた。


 三条さんと話す時の吾妻さん、彼女の表情は、全てが計算なのだろうか。


 三条さんと友達になれると駆け寄って来た時の、あの表情。あれも、全て演技なのだろうか。


 そんなわけ、無くないか?



「吾妻さん。思っても無い事、言わなくていいんですよ」



 口をついて出てきた言葉は、確信があった訳ではないけれど。

 それは十分に、吾妻さんの意表を突いた言葉だったらしい。



「全部嘘とは言いませんけど」



 感情を知らなかった人間が、ひとつ感情を知ったとして。

 それを切っ掛けに、他の感情が芽吹く事は無いのだろうか。

 利益なんて度外視で、この人と友達になりたいと思う事も、あるんじゃないか?


 これは、本当に憶測でしかないけれど。

 そうであってほしいと、願いを込めて、言葉を続ける。



「初めこそ、吾妻さんの言う通りだったのかもしれませんけど。今は、三条さんとちゃんと友達でいたいと思ってますよね?」



 吾妻さんは、何も言わない。

 顔を伏せて、何かを考えている様だった。

 此処で吾妻さんに考える暇を与えてしまったら、もう二度と俺の言葉は彼女に届かないんじゃないだろうか。

 そう思ったから、俺は反応も待たずに、言葉を続けた。



「吾妻さんが、部室に入れずに居たのは、ヒナちゃんと三条さんが仲良さそうに話しているのを見て、怖くなったからですよね? 自分よりもヒナちゃんの方が三条さんの友達に相応しいんじゃないかと思ったからだ」



 黙って、その言葉を聞いていた吾妻さんは、恐る恐る顔を上げた。

 彼女の瞳には、いつかと同じ様に、涙が滲んでいる。

 色味の無い頬につるつると涙が滑って、制服に水玉模様を作ってみせる。


 嗚咽も漏らさずに、静かに静かに涙を流す彼女は、酷く、綺麗だった。




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