49.そうなんです。私、
吾妻さんは、何も応えなかった。
たっぷりの時間を要して、ようやく声が聞こえる。
「……そうですね。私は、コタローさんの事が好きなのかもしれません」
「協力、してあげようか?」
えらく労わるような、口調だった。
差し詰め俺は、火中の栗といった所だろうか。
二ノ前満月は、意味の無い行動をしない人物だ。少なくとも、俺はそう認識している。
それは彼女の底知れなさがそう思わせているのかも知れないが、案外、検討違いという訳でも無いんじゃなかろうかと思っている。
何かしらの目的があって、吾妻さんを唆そうとしているのだろう。
取り敢えず、拘束からは抜け出そうと試みるが、水無月仁美のおっぱいが、それを許さない。
ふんふんと鼻息の荒い気持ちの悪い水無月仁美は、存外、力が強かった。
女性に力で敵わない。
これも、パラメーターの関係なのだろう。
「協力は、必要ありません。私がコタローさんに対して何か言えば……。それが、三条さんに伝わってしまったら、三条さんはもう、私と口を利いてくれなくなるかもしれませんから」
「でもそれってね。吾妻さんにとって最善手とは言えないよね? それこそ、三条さんとコタローくんが上手く行くのが、吾妻さんにとって最悪の展開なんじゃないのかな」
「それは……」
「だから、部室に入れずに居たんだよね? 三人で仲良くしてる様子を見て、不安になったんだよね?」
声音ばかりは、友人を心配する女の子そのものなのに。
二ノ前満月のそれは、まるで吾妻さんを追い立てている様だ。
「わたしだってね、コタローくんの事いいなって、思ってるんだよ」
嘘だった。
二ノ前満月は、俺の事を何とも思っていない筈だ。
彼女が何を考えているのか理解は出来ないが、俺に対して好意が無いのははっきりと分かる。
彼女は、鬼ごっこの最後、三条さんを俺の元へ連れてきたが、好意があると言うのであれば、そんな事はしないだろう。
「二ノ前さん――」
その先は、言わせてはいけない。
俺はもう、どうしても、三条さんに肩入れしてしまっていたから。三条さんと吾妻さんが友達になって笑い合う未来が見たかった。
世話の焼ける妹たちを、傍らで見ている時間が、嫌いでは無かったから。
俺は叫んだ。
不格好で、みっともなかったけれど。
言葉にもならないただの叫びを聞いた中の二人のどちらかが、此方へ向かって来て扉を開ける。
ふわりと髪を靡かせた二ノ前満月は、どうしようも無いくらいに、冷たい冷たい目をしていた。
「――盗み聞きかな?」
その声もまた、酷く冷たいものだった。
驚いて力の抜けた水無月仁美の手を振り払い、立ち上がる。
二ノ前満月を押し除けて、俺はありったけの力で駆けていた。
手を伸ばして、吾妻さんの腕を掴む。
「走って」
「え……」
「早く」
無理矢理に促して立たせた吾妻さんの手を引いて、反対側の扉から教室を出る。
「いや、この展開もありはありかも」
水無月仁美の場違いな呟きを背に受けながら、俺はその場を後にした。
―――
「コタローさん、……大丈夫ですか?」
「だい……じょう、ぶ……」
息も絶え絶えで、へたり込む。
惰眠を貪り続ける俺の体力は、酷く少ない。
吾妻さんよりも先にへばる醜態を晒しながら、俺は旧校舎裏の花壇の縁に腰掛けていた。
いつも、此処だ。
「――ダメでしょ、吾妻さん」
「……何が、でしょうか」
「俺の事好きでもないのに、好きなんて言ったら」
吾妻さんは、酷く驚いた様子で、俺を見る。
半分は当てずっぽうだったのだけれど、どうやら正解だったようだ。
「えへへ、……バレましたか?」
「うん。そこまで俺に固執しているようには見えませんでした」
「でも私、好意があるって、見えるようにしていたんですよ?」
「それは、まあ。でも、やっぱりそこまでは俺に対して何か特別な感情を抱いているようには、見えませんでしたから」
「……コタローさんか三条さんの、どちらかと親しくなれればそれで良かったんです。女の子よりも、異性の方が、距離を詰めるのは楽ですよね」
異性であれば、恋愛感情を持ち出せば、一気に現状の関係性を崩す事が出来る。
吾妻さんは、俺と視線を合わせるように、目の前にしゃがみ込んだ。
ふわりとおさげ髪が揺れて、シャンプーの香りがする。
そうして、これ以上無いくらいに幸せそうに、吾妻さんは笑ってみせた。
「そうなんです。私、とってもずるいんです」
彼女は、とても強かな、女の子だった。




