47.え、流れ弾?
「吾妻咲ちゃん、ごめんなさい。ヒナ、勘違いで気が立ってて、八つ当たりしました」
「……アタシ、三条遂叶なんだけど」
「知ってるよ、練習」
べえと舌を出すヒナちゃんは、旧校舎四階の一室に、俺と三条さんと共に居る。
搬入した机が二つ、椅子が全部で六つ。
重ねられていた椅子の山から三つ並べて、俺たちはそこへ座っていた。
「部室、思ったより狭いんだね」
「貰えるだけありがたいよ。それよりまさか、吾妻さんより先にこのチビッコが入るとは思わなかった」
「本当ですね」
今日より使用許可が下りたこの部屋は、一般教室の半分以下のサイズの、教員の準備室等に使われるような部屋だった。
横が旧音楽室なので、使われていない音楽準備室といった所だろう。
楽器類は別室に移されているらしく、何も収納されていない棚がガランと並んでいた。
窓からは、丁度昼休憩を迎えてわらわらと外へ出てくる生徒が見下ろせる。
まず、吾妻さんに謝罪をしようという話になった訳だが、吾妻さんを呼び出そうにも、俺は吾妻さんの携帯の番号をしらない。
クラスまで訪ねるにしても、ヒナちゃんが一緒に居ると面倒が起きるに違いないし、かといって放置すれば、それはそれで肉壁が生まれてしまう可能性がある。
仕方なく三条さんへ電話をしたところ、お昼部室で食べる約束してるから、部室に行っててとの事だった。
「吾妻さん、担任に用事頼まれたからちょっと遅くなるって」
「見るからに優等生って感じだもんね。ヒナも良く頼まれる」
「アンタのどこが優等生なの」
「ヒナすごく頭良いんだよ。多分スイカちゃんより頭良い」
「スイカって呼ばないで」
「嫌いなの? かわいいのに」
「かわ……。だって、野菜か果物かよくわかんないあれとか、お酒のあてみたいな名前じゃん」
確かに、他の攻略対象キャラクターと比べると遂叶という名前は、かなり変わった名前な気もする。
名前を呼ばれるのが好きじゃないのは知らなかったなぁとぼんやり眺めていたが、そういえば、三条さんの携帯のストラップって、西瓜じゃなかったか?
助け舟を求めるように、三条さんが此方を見ていたので、何とも無しに「携帯のストラップ、西瓜じゃなかったですか?」と尋ねてみる。
「あれは! ……昔、仲良くしてた人に貰って……」
地雷だったらしい。三条さんが仲良くしていた人物なんて、話を聞く限り、例のお姉さんの他に居ないだろう。
トラウマになっているくせに、そうして貰ったものを後生大事に使っている辺りが、三条さんらしいと言えば、三条さんらしい。
「じゃあさ、スイちゃんだったら良い?」
ヒナちゃんが、くりくりした瞳で三条さんを見詰めている。
対して三条さんは、気圧されているようで、少し身を引いて見せたが、背凭れがある以上、あまり元の地点から変わってはいない。
「好きに呼んでいいけどさ」
「じゃあスイちゃんね! ヒナの事は、ヒナって呼んでね!」
距離の詰め方の上手さは、鴎太に似ている所がある。
二ノ前姉のそれは、自分の顔面偏差値ゴリ押しのきらいがあるが、あの姉の下で、自分のコミュニティを築き上げるために、ヒナちゃんは自分の売り方が上手くなったのかもしれない。
ゴリ押しに変わりはないが。
「……吾妻さんの事もまだ名前で呼んでないのに」
「名前で呼ぶのなんて簡単じゃん。スイちゃん、タロくんの事はコタって呼んでるんでしょ?」
「そうだけど、モノには順序ってものがあるじゃん」
「大切にし過ぎて高校卒業しましたじゃ、ヒナはダメだと思うなー」
そこまで奥手という事も無いだろうに。
けれど、その言葉は三条さんにクリティカル ヒットしたらしい。声にならない声を漏らし、三条さんはガックリと俯いていた。
「タロくんも、スイちゃんの事、スイちゃんって呼ぶ?」
え、流れ弾?
「な……ななななにいってんのちびっこ!」
給湯器のスイッチを押した際に中にぼっと火が付くくらいの速度で、三条さんの顔が赤くなる。
困惑する様子をヒナちゃんは面白がっているようだったので「ヒナちゃん、やめな」と一応叱っておく。
そうすると、ヒナちゃんは偉く嬉しそうに「はあい」と片手を真っ直ぐピンと挙げてみせた。
――ああ、誰にも叱られないとか、言ってたっけか。
「三条さんの事を今更ちゃん付けするのもなぁ」
「じゃあさ、スイでいいじゃん」
「スイ?」
「もう! やめて!!」
人間ってこんなにも赤くなれるんだなぁとしみじみ思ってしまうほどに、三条さんの顔は真っ赤っかだ。紅葉にだって負けていないその頬の赤さを隠す為に、顔の前に腕を持って来て、そっぽを向いている。
可愛らしいけれど、これでは会話にならないし、罪悪感も半端が無いので「冗談だよ。三条さんは、三条さんで」とフォローを入れておく。
「……ん、わかればいいよ」
あ、悲しそうな顔をする。
女の子って大変だなぁと他人事の様に思いながら、同時に、吾妻さん遅いなぁ、収拾が付かなくて困るなぁなんて、やはり他人事みたいに、考えた。




