46.タロくんは彼女作らないの?
「ヒナ、お姉ちゃんの事。嫌いなんだよ」
考えていた事と正反対の言葉が飛び出して来て、俺は言葉も出なかった。
そんな俺を見て、ヒナちゃんは溜息を吐く。
「ヒナが何をしても、お姉ちゃんの妹だからって、みんなうるさいもん。ヒナのことなんて誰も見てくれない。満月ちゃんの妹のヒナちゃんって、うるさい」
成る程、あの涙は、お姉ちゃんに意趣返しが出来ると思っていたのに、それが叶わなかった涙な訳だ。
ストレスを発散するようにハンバーガーを黙々と食べる彼女は、思い出したせいか、薄っすらと涙を浮かべていた。
「お姉ちゃんに好きな人が出来たなら、奪ってやろうと思ったのに」
「君たち姉妹の問題に関してはさておき、それに周りを巻き込むのは関心しないよ」
「彼女いないなら、彼女出来ていいじゃん」
「人の気持ち、蔑ろにしちゃいけないよ。ヒナちゃんだって自分の気持ち蔑ろにされたら嫌だよね」
説教みたいになってしまったけれど、この言葉が一番彼女には効果がありそうだったので、敢えて選んで伝えてみる。
それを聞いたヒナちゃんは、ぴたりと動きを止めて、じっと俺を見る。
「うん。いやだ」
「だよね。それじゃあ、俺を巻き込む事も、吾妻さんに勝手な言葉を投げかけたことも、間違ってる」
俺が言えた義理ではない気もするけれど。
時には自分のエゴの為に他人を犠牲にすることも、蔑ろにすることもあるだろう。
それを分かった上で行動しているのであれば、これは無意味な問答だったけれども、ヒナちゃんはそれを自覚していないようだった。
なので、あくまでも淡々と伝えてみせる。
すると、ヒナちゃんはこくんと一度、頷いた。
「ヒナ、今まで一度だって人に怒られたり、注意されたことなんかなかった。皆、お姉ちゃんの事しか見ないんだもん」
「中学までは指定校かもしれないけど、高校は別の所を受験すると良いよ。離れてしまえば、関係ないでしょ」
これもまた、攻略対象であるヒナちゃんが別の学校へ行けば、幾分か楽になるだろうという俺のエゴな訳だが、それとなく伝えると、ヒナちゃんは悩むような素振りを見せる。
純粋な、アドバイスとして、捉えているようだった。
「……ごめんなさい。ヒナが間違ってた」
しゅんと萎れた様子で謝罪の言葉を口にする。
高い位置で結ばれた二束の髪がまるで動物の耳のように見えて、ぺたんと垂れているように錯覚してしまう、反省してますっぷりだ。
「わかってくれたならいいよ。でも、吾妻さんにも謝ってあげてね」
「うん。ヒナ、ちゃんと謝るよ。食べたら行くから、着いてきてくれる?」
「いいよ。どうせ、荷物学校に置きっぱなしだし」
その言葉を受けてようやく表情を明るくしたヒナちゃんは、また黙々と食事に勤しむ。
小さな身体の中のどこにこの量が入っているのか不思議でならないが、中学生だし、食べ盛りなのだろう。
並べたそいつらを大食い選手ばりのスピードで平らげながら、ヒナちゃんはぽつりと、ひとりごとの様に「ヒナにお兄ちゃんがいたら、タロくんみたいに優しい人だったのかな」なんて呟いた。
お兄ちゃん――その言葉に妙な引っ掛かりを感じながら、特別返事もせずに、俺はぬるくなったコーヒーを飲み下した。
―――
「タロくんは彼女作らないの?」
ファストフード店を出て、学校へ戻る道すがら、隣を歩くヒナちゃんが、俺を見上げてそんな質問を投げかけてきた。
「好きな人がいるんだ」
もはや定型文である。
この言葉が一番、誰にも興味が無いですと伝えるにあたって的確な為、不本意ではあるが鴎太の作った話に乗っかる事にする。
「お姉ちゃんじゃなくて?」
「二ノ前さんはそこまで親しくもないよ」
「じゃあ、吾妻咲ちゃん?」
「違うよ」
「三条遂叶ちゃん」
「違う」
ぷうと頬を膨らませて「ヒナの知らない人?」と、不服そうにヒナちゃんは吐き捨てたけれど、ヒナちゃんの知らない人の方が校内には多いだろうに。
「そうそう、知らない人」
「じゃあ、ヒナ一年生の教室全部見て回る。一年生でしょ?」
目から、鱗だった。
俺が何も言わない為、ヒナちゃんは不思議そうな顔をしていたけれど、此処にいる、ヒナちゃんが証明しているじゃないか。
攻略対象キャラクターは、必要がある時に生まれ出て来るわけではない。
赤ん坊の頃から年を重ねて、今此処にいる。
なら、俺は、あの子を自ら探すことが可能なのではないか?
考えてみれば当たり前の事なのだが、待たなければいけないものだと決め付けていたせいで思い至らなかった。
「タロくん?」
「あ……、いや。実はさ、その子、話した事なくてさ。見た事しか無いんだ」
「一目惚れ?」
「そんな所。だから、クラスも学年も、わからない」
「じゃあさ! ヒナ、お詫びにタロくんの一目惚れの相手、探すの手伝うよ!」




