45.ヒナ、可愛くない?
ファストフード店へ入ったヒナちゃんはハンバーガーを2個も3個も注文し、ポテトとジュースも頼んでいた。
「コタローくんも頼んで」
まだ目元の若干赤いヒナちゃんにそう凄まれたので、ホットコーヒーだけ頼み、まとめて会計をして、席へ移動する。
財布の厚みを気にしたけれど、思い返せば家から学校を往復する日々でロクに消費されていない俺の資金は、中々に心強い厚みを誇っていた。
奢られる気はなかったらしいヒナちゃんに「ヒナ、自分の分は自分で払う」と言われたけれど、相手は中学生だ。バイトも出来ない年齢だし、いいよと遮り、自分が食べる訳でもないバーガーの代金を有り難く支払わせて頂いた。
まあ、言っても両親から貰ったお小遣いなので、俺の稼いだ金でも無い。使い道も無いのだから、構わないだろう。
席に着いたヒナちゃんは、まだ昼前だというのにもぐもぐと、小さな口を目一杯大きくあけてバーガーを頬張っている。
「コタローくんさ、長いからタロくんで良い?」
「あんまり短くなってないけど?」
「ちょっと短いよ」
はむはむとポテトに食いつきながら、合間合間で器用に会話をするもんで、凄いなぁと眺めていると、ヒナちゃんは指をぺろりと舐めてから、じっと俺を見詰める。
「タロくんは、お姉ちゃんの事好き?」
「普通かな」
感発入れず答えると、ヒナちゃんは目をまん丸にさせて、驚いてみせる。
これが、三条さんと言われると妙な情が湧いているもんで、普通と断言する事も出来ない所だが、二ノ前満月となれば、むしろ苦手と言っても過言では無い。
「ポテトいっこあげる」
「……ありがとう」
はいと差し出してくるので、手で掴むと、何故か、綱引きならぬポテト引きが開催されてしまった。
ヒナちゃんが、あげると言ったくせに手を離さないのだ。
「あーん、は?」
「しないよ。それならいらない」
「ヒナ、可愛くない?」
とんでも自意識過剰発言が飛び出して来て、目玉が飛び出るかと思った。
恐ろしいものを見る目で見詰めていると、きちんと伝わったらしい。
俺が手を離したので、ヒナちゃんは掴んでいたそいつを自分の口へ放り込み、もぐもぐごくんと飲み下す。
「別に、ヒナが可愛いと思ってるわけじゃないよ。みんなお姉ちゃんに可愛いって言うでしょ。それで、ヒナも似てるって言うから。可愛くないって言う人は珍しいなって」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんで、ヒナちゃんはヒナちゃんでしょ」
つられてお姉ちゃんと呼んでしまったが、事実なので、特別訂正もしないでおく。
コーヒーをずるずる啜っていると、ヒナちゃんはまた、目をくりくりさせて驚いていた。
「タロくんって変だね」
「ヒナちゃんも変わってると思うよ」
「ヒナ、お姉ちゃんの事、普通って言う人はじめて見たよ」
先程から、何度お姉ちゃんという単語が出てきただろうか。
どうやら、ヒナちゃんの世界は随分とお姉ちゃんを中心に回っているらしく、すべての基準がお姉ちゃんらしい。
あの、二ノ前満月が姉であれば、わからなくもないなぁと遠くを見ながらぼんやりと考える。
教室で起きた突風。
とても、人間業とは思えない。
「だからお姉ちゃんはタロくんのことが好きなの?」
「いや、二ノ前さんは俺のこと好きじゃないよ」
「でも、お姉ちゃん、男の人の話なんてヒナの前でしたことなかった」
「俺の事なんて?」
「田中小太郎って人が、部活を作ってそこに入るんだって。ヒナも高校生になったら入るといいよって」
「単純に、ヒナちゃんと同じ部活に入りたかっただけじゃないの?」
この返答に関しても、ヒナちゃんにとっては意外だったらしい。
とんでもない事を言う奴を見たぞとばかりに、穴が開くほど俺を見詰めてから、次のバーガーへ手を伸ばす。
「お姉ちゃんはヒナに興味ないよ」
それは、拗ねたような口調だった。
なるほど、ヒナちゃんは、シスコンなのだろう。しかも重度の。
だから、姉の口から男の名前が出た事に過剰反応を示し、その男の元へ乗り込んで来た。
そこから俺が彼女のものになるという話への繋がりは見えないが、彼女なりに何か考えがあるのだろう。
お断りだが。
一人納得して頷いていると、はぐはぐとバーガーを貪っていたヒナちゃんが、ぽつりと、言葉を溢す。
「ヒナ、お姉ちゃんの事。嫌いなんだよ」




