38.毒を食らわば皿までだ
二ノ前満月。
名前を呼ばれた彼女は、扉の向こうから顔を出す。
驚いた顔をする鴎太と三条さん。
面識が無いらしく、誰だろうかと首を傾げる吾妻さん。
「おはようおはよう。二ノ前満月です。よろしくね」
少し考えれば分かったはずだ。
水無月仁美と親しい生徒なんて数が限られているだろう。
どうして、俺は水無月仁美の提案を拒否しなかった?
全て材料が並べられた現状を見てみれば、明らかに可笑しい。
三条さんが俺を訪ねてくる事に関しては、俺の意思だ。そばに居ることで、また何か思い出す事があるかもしれないし、それを許している。
サボりの教室の為に部活動申請を出して、部室を手に入れる。これに関しては俺にもメリットがあるし、此処を受け入れた事も納得が出来る。
けれど、全てが水無月仁美の提案を飲む形で話が進んでいた。
面倒だと感じているのであれば、面倒にならない方向へ話を持って行けばいい。
三条さん、吾妻さん、鴎太までは良いとして、残りの一人が足りないのであれば、適当にA組の誰かの名前を拝借する事も出来たはずだ。
水無月仁美の用意した誰かを近寄らせるなんて、馬鹿げている。
俺は、天使に会う為に、攻略対象者は避けなければいけない立場に居るはずなのに。
どうにも、最近、そこに関しての危機感が抜け落ちていないか?
抜け落ちると言えば、心当たりが二つある。
一度目は、鴎太に俺の天使の話をした時。あの時は激しい既視感に留まったけれど、言うなれば、何かの記憶が抜け落ちた可能性がある。
二度目は、鬼ごっこで三条さんに見つかった時。
あの時は、確かに、確実に、俺の頭の中にあった何かが掠め取られた。
――ならば、俺の気付いていない内に記憶が抜き取られている可能性は無いだろうか?
特定の方向に進むように、調整されている。
システム面の修正が入っているのか?
それなら、何故、俺自身が、認識する場合としない場合がある? その違いは何だ?
「コタ、大丈夫? 顔青いけど、体調悪い?」
その声で我に返れば、三条さんが心配そうに俺の目を覗き込んでいた。
――まずいな。人と居る時は重要な考え事は避けていたのに。
いや、鬼ごっこの際、此方の考えが筒抜けになっていた件を鑑みると、もしかして、これは無意味な事なのだろうか。
「何でもないですよ。朝、弱いんです」
取り敢えず適当な誤魔化しを入れれば、三条さんは殊更に心配し、吾妻さんも不安そうに此方を見ている。
俺が自分の世界に入り込んでいる間にも、話は進んでいたらしい。
「田中くん、ミツキちゃんが五人目でいいよね?」
「――俺は構いませんよ」
此処まで来てしまえば、拒否するのも不自然だろう。
目を細めて綺麗に綺麗に笑ってみせる二ノ前満月には、相変わらずの底知れなさを感じたけれど、この際、すべての要因を纏めて傍に置いてしまった方が、良いのかもしれない。
そうなると、俺のするべき事はひとつだ。
「考えていたんですけど、六人目に、一人誘いたい人がいるんですけど、いいですか?」
全員に向かって確認を取ると、そこにいる全員が予想外の発言に驚いている、といった面持ちだった。
「コタ、他に親しい人なんていた?」
「親しくはないですよ。だから勧誘した所で断られる可能性もあります」
「誰かな? コタローくん」
二ノ前満月の値踏みをするような視線が突き刺さる。
一方、鴎太はこの状況を楽しんでいるようで、ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべている。
水無月仁美に関しては「おおお! 美味しそうな展開になってきた!」と意味のわからない事を言い放ち、吾妻さんと三条さんは不安そうにしている。
「五十嶋桂那さんを、誘いましょう」
この発言が吉と出るか凶と出るか、今はまだわからないけれど。毒を食らわば皿までだ。
――それに、この発言自体が、無かったことになれば、またひとつ、俺は知る事が出来るのだから。




