36.俺に何か恨みでもありました?
「部活作ろう! 青春! そしたら部室申請出来るし!」
水無月仁美の言葉に対して、三条さんは目を輝かせた。夏の日差しを受けた海みたいな色だ。
「何それ! 楽しそう」
子供が親に同意を求めるように、此方を見る三条さん。とてもダメとは言えない雰囲気である。
「三条さんはバスケ部でしょ」
「コタが部活立ち上げるなら辞めるよ」
唖然だ。どうしてそう簡単に捨てられるんだと頭が痛くなったが、そういえば三条さんはバスケに特別思い入れがあるわけではなかったなと思い出す。
――面倒な事になってきた。
「何部にする?」
水無月仁美が三条さんを煽るように、問いかける。
この人は恐らく、俺が面倒くさがっていると気付いた上でそんなことを言っているので、質が悪い。
「水無月さん、俺に何か恨みでもありました?」
「あるよーー!! 田中くんが鬼ごっこ誘うから猫丸に逃げられた!」
あの猫、結局逃げたのか。
裏切り者のバカ猫の事なんて、今の今まで忘れていたが、そういえば水無月仁美はあの猫を病院に連れて行くために捕まえたんだったか。
最後には三条さんを俺の所まで連れて来た裏切り者なので、次に会ったら締め上げなくては。
そんな事を考えている間に、話だけはどんどん進んで行く。
「部活作るってなったら何が必要なのかな」
「取り敢えず、人数がいるよね。五人必要だよ」
「コタ、アタシ。吾妻さん、……鳳凰?」
「何その鳳凰くん? めっちゃ強そうじゃん」
「人数が足りないので、無理ですね」
「私当てがあるよ! 誘ってあげるよ!」
感謝してくれとばかりに胸を張っているが、完全にありがた迷惑だ。
水無月仁美の紹介だなんて、それこそ猫丸だとか言い出しそうであるし、積極的にお断りしたい所だ。
だと言うのに、三条遂叶は止まらない。
「助かる! じゃあ明日この教室に集まろ!」
「書類持って来てあげるよー! みいちゃんめっちゃ優しいなぁー」
止める暇も無く、話だけが勝手に進み、どうやら本当に部活を立ち上げるつもりでいるみたいだ。
三条さん一人が此処に来るよりも、鴎太が居る方が俺の目的には近付く気もするが、それにしたって面倒臭いが勝ち過ぎるだろう。
口を挟む暇も無く話を進める二人の傍で、俺は小さく溜息を吐いた。
―――
翌日。今日は用務員室でサボるかなと逃亡計画を企てていると、正門で待ち構えていた三条さんに連行された。
いつもの空き教室。
「コタは逃げるから、此処に座って」
いつだか聞いたような台詞を口にした三条さんは、窓際の机の群れを指差した。
絶対に譲らないといった様相で、俺を睨め付ける三条さんの迫力はというと、最早ハムスターに睨まれている程度にしか感じられない。
これ見よがしに溜息を吐いてみたが、三条さんはまるで譲る気が無いみたいだったので、仕方なく机の上に座る。
待つ、という程の時間も待たずに、コンコンコンと扉が鳴る。
律儀にノックなんてするのは、呼び出された面子の中では一人しかいない。
「入っていいよー!」
ご機嫌に返事をした三条さんの言葉を受けて、ゆっくりと扉が開く。
ギギギという音と共に現れたのは、予想した通り、吾妻さんだった。
「おはようございます」
にっこりと、はにかんだ様な笑みを浮かべる吾妻さんに、三条さんは嬉しそうに「おはよう」と返す。
「田中さんも、おはようございます」
「おはようございます、吾妻さん」
「昨日ファミレスで話したんだよ」
えらく嬉しそうに報告してくれた三条さんは、吾妻さんを手招きして、教室に招き入れる。
三条さんが数日前に懸命に拭いていた椅子が役に立つ時だ。
そいつの背凭れを引っ掴んで、俺の机の前へ置くと「吾妻さんは此処ね」と示してみせる。
「俺の方が目線高くて落ち着かないんですけど」
「でも、椅子の方が綺麗じゃん」
「俺だって綺麗な方が嬉しいですよ」
「コタは散々汚いとこ座ってんじゃん」
とんでもない言われようだし、座らせるのは三条さんだろうに。
腑に落ちないといった雰囲気を出す為に眉根を寄せてやったのだが、どうやらそれが吾妻さんの笑いのツボに入ったらしい。
くすくすと笑みを溢した吾妻さんは「仲良しですね」と楽しそうに笑った。




