35.青春のにおいがするねえ
非日常とは、日常があるからして生まれるものだ。
非日常が続いてしまえば、それはもう紛れもなく日常になるだろう。
つまり、俺は、ゲームの中で消化される何の変哲も無い日々――日常生活へと戻っていた。
あの鬼ごっこの後、打ち上げだなんだと騒ぎ始めた鴎太の連れてきたA組男子生徒達は、涙を流し、顎を震わせ、天を仰ぎ、指を結って、膝をついていた。
その光景を見た俺は気分が悪くなってしまったので、真っ直ぐ帰宅を果たした訳だが、後から聞いた話によると、大変楽しかったらしい。
吾妻さんがゲーセンでぬいぐるみを取ってもらっていて羨ましかったと、三条さんが後から俺に報告してきた。
その場で言えば良くないですか? は禁句だったらしく、ハムスターみたいに頬を膨らませた三条さんに睨まれた。
「コタ、今日の放課後さ、吾妻さんとファミレス行くよ」
「はい。行ってらっしゃい」
「コタも行く?」
「行きませんよ」
この顔である。
むくむくと頬を膨らませ、怒っていますとアピールしてくるのだ。それは矢張りハムスターのようで、少し笑えるので、そうなれば俺は大抵放置を決め込んでいた。
「見てるって、言ったじゃん」
「言いましたけど、始終見ている訳ではないですよ」
「嘘ばっかじゃん」
「俺の秘密基地教えてあげたでしょう」
「ん、それは、まあ、嬉しい。かな」
下を向き、小さく呟く三条さん。
彼女は、なかなかどうして、素直な女の子だった。
俺のサボりポイントである旧校舎にある空き教室を教えてみたら、休み時間の度に此処へ来る。
昼休みに此処に昼食を食べに来た三条さんは、授業に出る気を無くしたらしく、そのまま一緒にサボりに興じていた。
窓際に並べられた机に腰掛けて、足をぶらぶらさせながらゲームをするのが、彼女のサボりの定番となったらしい。
俺もまた、その机の上に寝転がっているので、彼女は俺の頭の少し隣に腰掛けている訳だ。
時々顔を覗き込んでくるもんで、たまったもんじゃ無いが、場所を移動してみても、少し時間が経てば近寄ってくるので、諦めた。
今日も彼女は、家から持ってきたらしい、少し世代の古い携帯ゲーム機を手のひらにおさめて、何やら懐かしいゲームをプレイしている。
ゲームの中でゲームをするなんて、違和感が凄まじいが、そのゲームは、俺もプレイした事のあるものだった。
曰く、兄貴のやつパクって来た、らしく、三条さんは中々のゲーム下手なので、時々変わってプレイしてやる。
そうすると、目をキラキラさせて喜ぶのだ。
正直少し、調子が狂う。
利用する気満々だったのに、あれ以降特別な違和感も無いまま、日数だけが過ぎ、四月も終盤に差し掛かっていた。
「コタ、そういえば球技大会もサボるの?」
「そんなのあるんですか?」
「あるよ。アタシ、バレーやるよ」
バスケじゃないのか。まあ、三条さんなら何に出ても強いのかもしれない。
真っ直ぐ此方を見詰める三条さんの目は、見に来てほしいと物語っていたけれど、まあ、多分行かないんだろうなぁと、目を逸らす。
そうすると、また、ハムスターだ。
見なくてもわかってしまったけれど、ちらりと盗み見れば本当にハムスターになっていたので、思わず笑ってしまった。
「あれ?」
間抜けな声と共に、予期せぬ来訪者が訪れたのは、そんなじゃれ合いの最中の事だった。
かちゃりと鍵が開けられて、現れたのは、水無月仁美だった。
窓の鍵の壊れた教室に、用務員の来訪。嫌な予感しかしない。
「あーーーー! 田中くん! ほんとどこでも入り込んじゃうね!」
相変わらずのテンションの高さに辟易としながら、これはとてもまずい事になったなと、考える。
安住の地が、奪われてしまう。
「鍵、直すんですか?」
身を起こし、ついた寝癖を払うために後ろ髪を掻きながら尋ねると、水無月仁美は大きく頷く。
「当たり前でしょ。防犯的にも危ないし」
「見逃してくれませんか?」
「サボりはいけないんだよ!」
「水無月さん、鬼ごっこ参加してましたよね?」
「それとこれとは別!」
なんてやつだ。正直なところサボりなんてどうでも良いくせに、水無月仁美はえらく懸命に用務員の仕事をこなしているので、なんとか鍵を修理したいらしい。
「業者の人にもうお願いしたしね。下見に来ただけで」
「こんな時だけ行動派なんですね」
「私はいつでも行動派だよ!」
話していても平行線な気がする。
此方へ近寄って来た水無月さんは、俺と、隣でぽかんと口を開けて呆けている三条さんを見比べて「ふむ」と顎を摩った。
「サボり場がほしいと」
「まあ、そうですね」
「青春の良いにおいがするねえ」
「貴方そればっかりですね」
「よし、じゃあみいちゃんが良い事を教えてあげよう!」
自信満々にぶるんと胸を張って、腰に手を当てた水無月さんは得意げに宣言する。ロクなもんじゃないだろうなと、耳を塞ぎたくなったけれど、隣の三条さんが「良い事?」と反応してしまったせいで、塞ぐ間もなく水無月仁美は続きを口にした。
「部活作ろう! 青春! そしたら部室申請出来るし!」
――ほら、ロクなもんじゃなかった。




