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32.大っ嫌いだ






「なんで、吾妻さんの手は取って、アタシの手は取ってくれなかったの……」



 裏門で三条さんに声を掛けられた時、俺は三条さんと出会う事を拒んだ。

 あの日、あの時、俺は三条さんの事をゲームの中のキャラクターとしてしか見ていなかったからだ。

 そんな事は、答えられるはずがなくて、ただただ俯く。



「なんで、……いつも逃げるの」



 逃げているわけではない、けれど、彼女からすれば俺は逃げ回っているように見えるのだろう。

 彼女はいつも、俺の事を追っていた。


 言葉だけは浮かんでくるのに、それを声にする事は、どうしようもなく恐ろしかった。

 選択肢を間違ったとしても、ゲームのようにロードする事は、叶わない。

 ゲームの中の世界のはずなのに、この世界はどうしようもなく、現実だからだ。


 ここで、三条さんを拒絶する事が一番良い選択にも思える。

 けれど、拒絶された彼女が、この後どういった人生を歩むのか、俺には想像も出来ない。

 彼女の過去の話を知っているから。

 これ以上、受け入れられなかった事実を彼女は受け止める事が出来るのだろうか。


 俺にとって、今のこの出来事は突発的に起きたイベントに過ぎないと言い切る事も出来る。

 彼女を突き放し、以後徹底して天使に会う事だけを念頭において行動するように、改める事も、今なら出来る。

 俺にとってこの世界は、ゲームの中の世界なのだから。



 ――俺は、本当に、それで後悔しないのか?



 何も言わずに居ると、三条さんは、恐る恐る顔を上げた。

 つられて俺も、顔をあげる。


 俺の制服は、三条さんの涙に濡れてぐしゃぐしゃだったけれど、そんな事よりも、ぽろぽろと大粒の涙を溢す彼女の方が心配で、蒼い瞳を覗き込む。

 行き場を失った手を引っ込めて、床に下ろせば、埃が舞った。


「――三条さん」


 特別掛ける言葉が見つかった訳では無いけれど。

 これ以上の沈黙に堪えられそうも無くて、ただただ名前を呼んだ。


 後の言葉に詰まっていると、俺の制服を握ったままになっていた三条さんの手が、そっと外れて上へのぼる。


 その手は、俺の口元へ添えられた。


 三条さんは、その手のひらで俺の口を隠してみせる。


 何も言ってくれるなとでも、言うように。



「……タナカコタローなんか、大っ嫌いだ」



 ぐすりと、鼻をすすって、片方の腕で乱暴に涙を拭いながら、彼女はそう言った。



「嫌い。大嫌い。――だから、アタシと友達になって」



 ちぐはぐさを極めた台詞だった。


 あまりに流れを切る発言だったため、驚いて三条さんを見つめれば、澄んだ蒼い瞳と視線が交わる。

 どうして良いのか分からずにいる俺を置いて、迷いの取り払われたような目で真っ直ぐ俺を見るもんだから、余計にどうして良いのか分からない。



「アンタの恋路、手伝ってあげるから」


「それは――」


「喋んないで。今、頑張って喋ってんでしょ」



 ぐいと、口に手を押し当てられて言葉を遮られる。



「安心してくれていいから。――好きじゃ、ないから」



 口の端だけを押し上げて、形だけの微笑みを作った三条さんは、無理をしている様に見えた。


 俺は特別馬鹿な訳でも無いし、ギャルゲーの主人公みたいに鈍感振る事も出来ない。

 彼女の大嫌いの裏に隠された言葉を勘繰ってしまう程度には、――思いあがる事の出来る程度には、そちら方面に疎いわけでもない。


『私は別に、兄ちゃんの事好きなわけじゃないよ』


 頭に浮かんでくるのは、誰の台詞でも無い。

 俺の天使の台詞だって、勿論無い。

 けれど、何故だかとても大切だったと思える人の言葉で、きっとそれは、三条さんの言う、大嫌いと同じ意味を含んでいた。



「アタシはアンタの事大っ嫌いだから、好きじゃないから……。だから、ちゃんと、協力するよ」



 これ以上見てなんていられないし、頭が割れそうなくらい痛い。


 思い出せと、思い出すなが混在して、頭の中で暴れ回っている。


 気付けば俺は、三条さんに手を伸ばしていた。



 遠い記憶の中に居る、あの子に俺がしていたように、三条さんの背中に手を回して、俺は、三条さんを抱き締めた。




「――クイックロード」





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