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29.近寄ってるもん




「本校舎の包囲緩くなったみたいだよ」


 二ノ前満月は、大変大変協力的な人物だった。

 彼女は、鬼ごっこが始まった経緯を話せば、意味が分からないとでも言いたげな顔をした後、けらけらと笑い「それじゃあわたしも、コタローくんチームだね」と小さな声で囁いてみせた。

 これで俺のチームは、水無月仁美、猫丸、二ノ前満月の三人と一匹のチームになった訳だ。


 人が増えればその分偵察に人を振れるので有り難い。


 二ノ前満月には偵察に出てもらう。

 水無月仁美には側で待機してもらい、誰かが用務員室へ来た際の応対役をしてもらう。とは言え、一度此処へは捜索の手が及んでいるので、以降男子生徒が訪れる事は無かった。


「旧校舎側の捜索を始めたみたいだから、それが終わるまでは此処で待機かな」


 二ノ前満月はそう言って、ソファーの陰に隠れる俺の隣へ腰を下ろす。


 何の匂いとは例えが思いつかないが、甘い匂いが漂って来て、酷く落ち着かないので、やめてほしい。

 それに、ゲーム内の二ノ前満月のおっぱいは、それはもう大盤振る舞いなものだったはずだ。


 正直言って隣に居て欲しくない。


 先程から距離を保つ為に俺が様に横へずれると、二ノ前満月もまた横へ距離を詰めるという不毛な戦いが数回続いており、俺はもうソファーの陰から飛び出す寸前だった。


「あの、二ノ前さん。近いです」

「近寄ってるもん」

「なになに、青春のにおいがするんだけど」


 ソファーの背もたれの向こう側から覗き込むように此方を見てくる水無月仁美もまた、鬱陶しい。


 これ、最早投降してしまった方が安全では無いか?


 何の為に三条さんが俺を探してるのかは知らないが、せいぜい、ボコボコに殴られて終わり程度なものな気もする。

 そうして、吾妻さんと三条さんが放課後デートするという流れは酷く健全ではないか?

 少なくとも、ラスボスがしきりに距離を詰めて来る、この状況に比べれば。


「吾妻さんも、三条さんも、楽しそうで羨ましいなぁ」

「……羨ましいですか?」

「うん、だって校内全部を使っての鬼ごっこなんて、楽しいじゃない?」


 唐突に、少し寂しそうに笑った二ノ前満月は、そんな事を言った。


 そんな単純なものでは無い、とは、言えなかった。


 体育座りをして、ちょこんと隣に座る二ノ前満月の事を、俺は何も知らない。


 例えば、水無月仁美。彼女は立派に大人で、大人故の狡賢さがあって、恐らく、バカにされる事に安堵を覚える質の人間だ。

 他人が酷いことを言い易い雰囲気を作り、それを受けて、凹んだり、拗ねてみたり、そうする事で自分の『残念な人』というポジションを確立しているのだろう。


 現に、一年男子は水無月仁美に容赦が無い。

 気易い、身近な存在だからだ。

 故に誰も、彼女の事を取り囲んだりはしない。

 攻略対象キャラクターの中で、一番世渡りの上手い、バカの皮を被った狡猾な人だ。


 皆、水無月仁美の事を邪険にしているくせに、親しげに下の名前で呼んだりしている辺りが、特にそう思わせる。


 対して、二ノ前満月は、水無月仁美と比較すると、随分と世渡りが下手な事になる。

 B組にはいつも厚い肉壁が築かれている。

 多分、囲んでくる男子生徒をわざわざ相手にしているのだろう。


 ファンサが手厚いと言えば聞こえは良いが、羨ましいという言葉が出て来るくらいだ。

 それはきっと、本心から相手をしている訳では無いのかもしれない。


「なんだか馬鹿らしくなってきましたね」

「投げやりは良く無いよ、田中くん。まだ勝機はあるよ」


 見当違いな励ましの言葉を投げ掛けてくる、水無月仁美。

 鬼ごっこが馬鹿らしくなってきた訳では無い。鬼ごっこは、最初から馬鹿らしいのだから。

 そうでは無くて、ゲームの登場人物だったはずの彼女たちの事を、一人一人の人間として扱い始めている、自分に対して、馬鹿らしくなって来た、と言いたかった。


「コタローくんは優しいんだよね」


 くすくすと声を殺して笑う二ノ前満月は目を細めて見せる。その目がどうにも、すべてを見透かしている様に思えて落ち着かない。


「優しくないので、今追われてるんだと思いますよ」

「そうなの?」

「三条さんを怒らせたみたいで、追われているので」

「どうして?」

「お節介を焼いたせいですかね」

「ふふふ、随分人間らしくて、わたしはいいと思うなぁ」


 そう言って笑う二ノ前満月は、水無月仁美に向かって「青春だねえ」と揶揄うみたいに投げ掛ける。


「良いにおいがするね!」


 その同意の仕方はどうかと思うが。

 それを受けた二ノ前満月は、また楽しそうに笑っていたけれど、人と人との擦れ違いや諍いが人間らしいと言うのであれば、二ノ前満月は、どうにも、人間らしくないという印象を受ける人物だった。




 ―――




「そろそろ良さそうだよ」


 外へ出ていた二ノ前満月は、用務員室へ戻って来ると、開口一番そう言った。

 どうやら、旧校舎側から、捜索網が裏門側へと移ったらしい。


「それじゃあ、旧校舎へ向かいましょうか」

「一応、使って無さそうな教室の鍵開けて来たよ」

「ありがとうございます」


 ずっとしゃがんでいたので、足が痛い。

 ぐうっと上へ向かって伸びをすると、二ノ前満月が、何とも言えない顔で、此方を見ている。

 好物だと思って食べたものに、苦手なものが入っていた時みたいな、複雑な表情だ。


「……どうかしました?」

「コタローくんは、捕まるなら誰に捕まりたい?」




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