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26.馬鹿なのだろうか





 その辺の棚に並んでいた本を読みながら、適当に暇を潰していると、こんこんと窓を叩く音が聞こえた。

 そっと覗けば、窓の向こうに水無月仁美が立っている。

 どうやら、戻ってきたようだ。

 窓の鍵を開けて、窓を開ければ水無月仁美はひらひらと手を振ってみせた。


「田中くん、本校舎の捜索終わったっぽいよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、行きましょうか」


 待っている間に、鐘が鳴っているのが聞こえた。

 先程から生徒が雑談をしながら廊下を通る声が聞こえるし、休み時間になれば図書館は開放されてしまう可能性がある。

 図書館の解放時間を把握していないので、何とも言えないが、わざわざリスクを負う必要も無い。

 此処に居るのも限界だろう。

 水無月仁美の誘導にしたがって、極力建物の裏を通りながら、本校舎を目指す。


「用務員室の窓の鍵開けてきたから、そっから入ろう」

「助かります」


 意外と気が回るな、と口から溢れそうになった言葉を飲み下す。残念な人なだけで、頭の回らない人では無さそうだし、水無月仁美は鬼ごっこを楽しんでいるようなので、自分なりに勝つために動いているのかもしれない。

 有り難い話だなぁなんて考えていると、水無月仁美が片手を横に真っ直ぐ突き出す。

 止まれ、という事だろう。


「猫丸、お願いしてもいい?」

「んなお」


 何? どういうこと?

 水無月仁美が声を掛けると、猫丸は水無月仁美の胸元からぴょんと飛び出して、綺麗に地面へ着地してみせた。

 それから、猫丸はたたたと駆けて行き、しきりに「んにゃご」だとか「んにゃんにゃ」と奇声を発する。

 水無月仁美に対して発する鳴き声よりも、一オクターブほど音が高い。所謂(いわゆる)、猫撫で声だ。


「おーーー! 猫じゃん! あ、何処行くの、待って! 猫ちゃん!!」


 ばたばたと駆けて行く足音が遠ざかって行く。

 得意げに親指を立てた水無月仁美が、ついてこいとばかりに手を振る。

 いつの間にそんな芸当覚えたの? さっきまで逃げようとしてなかったか? あの猫。


「鬼ごっこするから猫丸も田中くんチームねってお願いしたんだよー」

「お願いして聞くもんなんですか?」

「聞く聞く。花壇掘り掘りしたら花がダメになるからやめてねって言った時も聞いてくれたしさー」


 マジで? あの猫、転生者とかじゃない?

 猫丸が男子生徒の気を引いてくれるとなると、道中の進みやすさ段違いであるし、有り難いのだが、ここまで有能だと、薄ら寒さがある。

 ゲームの中の世界が目の前に広がっている以上、猫が人語を理解するくらい、何てこと無いはずではあるが。


「あ、ストップ」


 再び、水無月仁美が足を止める。

 猫丸は居ないので、自分で気を引く事にしたらしい。

 物陰に隠れる俺を置いて、水無月仁美は前へ出る。


「やあやあ! こんな所で何してるの?」

「ヒトミちゃんじゃん。今忙しいからあっち行ってて」


 瞬殺だった。

 自信満々の顔で出て行ったにもかかわらず、たった一言しか発言を許されなかった水無月仁美は、すごすごと此方へ帰ってくる。

 とんでもない、役立たずっぷりだ。


「猫丸、帰ってくるまで待ちましょうか」

「……うん」


 猫丸は非常に有能な猫だった。

 相手を撒いて戻って来た猫丸は、次の標的に向かって突撃をかける。ブサ顔だというのに、猫というアドバンテージの威力は凄まじい。

 ひらりと標的の前へ(おど)り出ると、足を頭でひと撫でしてやって、魅力的な尻をふりふりと振ってやる。ぴょこんと飛び出た鍵尻尾を揺らし、にゃふにゃふ言いながら優雅に歩く。


 そうすると、標的は吸い込まれるように、その尻を追いかけて行くのだ。


 自分も水無月仁美の尻に話し掛けてしまった事を思い出して、大変不快な気分にはなるけれど、これはなかなか有効な作戦だった。


 対して、水無月仁美。

 合間合間で、声掛けチャレンジを行なっていたが、彼女の成果は振るわない。


『呼んでねえよ』

『何? スイカちゃんの番号ゲットして来た?』

『おばさんに興味無いんで』


 等々。

 積み上げられた言葉が、水無月仁美の頭に重石のようにのしかかっているらしく、しまいには不貞腐れ、地面にお絵描きを始めてしまった。へったくそな、猫の絵を描いている。


 そのチャレンジ精神は認めるけれど、馬鹿なのだろうか。


「大人しく、猫丸待ちましょう」

「……はい」


 すっかり萎れてしまった水無月仁美を連れて、俺は本校舎へ向かう。

 休み時間の終わりを告げる鐘も鳴り、用務員室の窓まで、あともう少しだ。




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