23.ご協力感謝するよ、少年
植え込みから尻が生えていた。
その尻は左右に揺れ揺れ、前後に揺れ揺れ、ひっきりなしに動いている。
正確には、植え込みに顔を突っ込み横たわる人が居た、だ。
いつものように旧校舎へ向かって歩いていると、例の花壇群の辺りでそいつを見付けた。
よくそんな隙間に入れたなぁと感心せずにはいられない。
低木の幹や草の合間を縫って、そいつは上半身をそこに埋めていたのだ。
出ている下半身の服装から、その人物が誰であるかは当てがついている。
作業服を着ている人物は、校内で一人だけだ。
「水無月さん、何してるんですか?」
「ひょお……っ!?」
水無月仁美は、俺の声に驚いたらしい。
無謀にも立ち上がろうとした彼女は、草に頭突きをかましたらしく、声にならない声をうごうごと出していた。
これがエロゲーじゃなくてよかったなぁ。
「声には聞き覚えがあるなぁ」
水無月仁美は、ぴたりと動きを止め、それから小さく左右に尻を振る。
それは考えていますの挙動なのだろうか。
「俺の事は良いんで、何してるんですか?」
「んー、猫がいるんだけどね」
「猫……? ですか?」
「何回言い聞かせても校内に入ってくるんだよね」
一応、仕事をしていたらしい。
「ほおら! 捕まえたぞウンコ猫丸!」
「それ、なんですか?」
「名前だよ! そこかしこで糞するもんだから、糞害が酷くてね」
わーしゃっしゃっと謎の奇声を上げながら、一層激しく尻を振るもんだから、もう溜息しか出てこない。
水無月仁美って、こんなキャラクターだっただろうか。良いとこのお嬢だったはずだけれども、これもキャラクターの自我というやつなのだろうか。
水無月仁美は上下左右に尻を振るいながら、次第に植え込みの下から這い出してくる。
匍匐後退だ。
その様子は随分と滑稽で、思わず目を逸らしてしまう様な光景だった。
「あー、キミか。田中太郎くんだ」
ようやく頭を出した水無月仁美は、俺を視界に収めると、八重歯を見せて笑ってみせる。
髪には沢山の葉っぱが刺さっていたが、その手には確かに、猫が抱えられていた。
明るい茶色の、虎柄の猫だ。先の方が折れ曲がった尾っぽをしていて、そいつをぱたぱた揺らしている。
ぶなあ、と一鳴きしたそいつ――猫丸は、偉く不細工な顔をしていた。
例えるなら、おっさんみたいな顔付きだ。
無愛想で太々しく、猫であるというアドバンテージが無ければ、可愛らしいとは到底思えない顔だった。
「田中くん、ちょっとコイツ捕まえてて」
あんまり触りたくは無いんだけど。野良だし。
けれどもうつ伏せに寝転がったままの水無月仁美は、猫丸を預からなければ立ち上がる事が出来ないのだろう。
渋々受け取った猫丸は、案外毛並みが良かったし、ずっしりと結構な重さがあった。首輪はしてないようなので、本当に野良猫らしいのに、何処ぞで餌でも貰っているんだろう。
あるいは、学校の人間が餌をやるのかもしれない。
人馴れしているようで、俺が抱えたところで一切動じない肝の据わりようだ。
「ありがとうありがとう! 助かったよ!」
「構いませんよ」
どっといしょっといつかの俺のように掛け声で勢いをつけながら立ち上がった水無月仁美は、それから手を真っ直ぐに差し出して、俺から猫丸を受け取った。
「ひっひっひ。今日こそ病院に連れて行くからなぁー」
にんまり、と笑う水無月仁美の気味悪さは、どうやら猫丸にも伝わったらしい。水無月仁美の腹を蹴り蹴り、体当たりや頭突きをかまして逃げようともがいている。
「こらこらこらこら、暴れるな!」
柔らかい身体を全力で使い暴れる猫丸の頭突きは、的確に特定の一箇所を狙っているように見えた。
水無月仁美の下乳だ。
さながら横スクロールゲームのプレイキャラクターがアイテム欲しさに頭突きを繰り返すように、猫丸は必死に水無月仁美の身体を蹴り、下乳に向かって頭突きをかましている。
反動でぶるんぶるんと震える乳。逃げられまいと必死に猫丸を掴む水無月仁美。目を逸らす、俺。
なんだこのカオスは。
「おっしゃ! じゃあここに入ってろ!」
水無月仁美は、掛け声と共に猫丸を上着の胸元へ押し込んだ。
猫丸は未だ暴れているが、ファスナーを上まであげ、ぽっこりでっぱった腹を抱える水無月仁美は勝ち誇った顔をしている。
「ご協力感謝するよ、少年」
片手でびしりと敬礼してみせた水無月仁美は、服は汚れ髪には草が刺さったままだというのに、とてもとても、楽しそうに笑っていた。




