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21.それじゃあまたね




「人が思っている事を伝える時って、聞いてほしいだけの場合の方が多いらしいですね。だから、要らない世話なら聞き流して下さい」


 そう前置きしてから、三条さんに向き直る。

 姿勢を正した俺に合わせて、姿勢を正す三条さんを見ていると、なんだか可笑しくて、少し笑ってしまう。

 本当に、真面目な人なのだろう。


「三条さんは、何にも一生懸命になれないって言ったけど、今の三条さんは、吾妻さんに対して一生懸命に見えるよ」

「それは……、毎日毎日訪ねて来て、見てられないから」

「俺が三条さんの立場だったらね、きっと普通に毎日、居ませんよって伝えるだけです。伝えるだけで良いなら、随分楽ですから」


 目を丸めて、返事に詰まる彼女を置いて、俺は言葉を続けた。


「きっとそれは、三条さんにとっての一生懸命には足りない事なんでしょうけど。そうした日常の積み重ねの中で、きっと、貴方の言う大切なものは近い内に見付かりますよ」

「……なんで、言い切れるの」

「だって貴方は、人の気持ちに寄り添おうと考えて行動の出来る人だ。それに、自己分析だって、おおよそは出来ている」


 あともう一歩足りないだけなのだ。

 俺の言葉に信憑性なんて、きっと欠片も無いけれど、それでもそれが彼女にとっての薬になれば良い。

 そんな思いだけは込めて、伝えてみる。


「……無責任だよね、本当に」

「はい。それは、ご存知の通りだと思うので、信じる信じないは自由です」

「ありがとう。……信じれないけど」

「ああ、やっぱり」


 あんまりにもはっきりと断言するもんで、思わず笑ってしまった。

 つられたように、三条さんも口許だけで小さく笑って、止め処なく流れていた目元の滴を指先で拭う。


「擦ると良くないですよ、ハンカチ要りますか?」

「――ハンカチ持ってんの?」

「持って、……ますね」


 持ってる。何の為に? 頭の中を疑問符が占拠する。

 別に几帳面でも潔癖でも無いので、持ち歩く習慣なんか無かったはずだが、確かに、何故持っているんだろうか。

 ただ、人に、貸すために、いつも持ち歩く習慣が出来ていた気がする。

 ――三条さんのように、よく泣く、女の子に。


「気持ちだけ、もらっとく」

「じゃあこっちで」


 机の上のティッシュを箱ごと此方へ寄せて三条さんの手前へ移動させると「本当に我が物顔だね」と、控えめではあるが、笑ってくれた。

 女の子の笑顔を勝ち取ったんだから、勝手に使われるティッシュも本望だろう。


 一枚抜き取ったティッシュで目元を拭う三条さんを見ながら、俺はひとつ思い至った事があったので、ポケットから携帯電話を取り出した。


 設定画面から端末情報を開いて、そこに自身の番号を表示させる。


「これ、俺の番号です」

「――……タナカコタローの?」 

「また、肉団子に囲まれた時にでも使ってください」


 今日何度目かも分からないけれど、三条さんは目をまん丸にさせる。

 それから、視線を携帯電話電話の画面に落とした。

 少し迷っている様だったが、暫く悩んで、自身の制服のポケットから携帯電話を取り出す。


 シンプルなデザインの携帯電話には、可愛らしい西瓜すいかのストラップがぶら下がっていた。

 細い指先でポチポチと一つずつボタンを押して、それから、携帯電話を耳にあてる。


 初期設定から変えていないらしい着信音が、室内に鳴り響く。

 どうやら俺の携帯電話の着信音らしい。

 鳴らした事が無かったので、一瞬何事かと思った。


「ありがたく、使わせてもらうよ」

「はい。牛鬼連れて行くんで」

「はは、アンタ、そればっかり」


 余程可笑しかったらしい。

 ぱちんと携帯を閉じた三条さんは、けらけらと声を出して笑った。

 そんな様子を見て、俺は、少し安心した。


「アタシ、あれから男子苦手なんだよね」

「そうなんだろうなって、思いました」


 苦手、なんて言い方をしているけれど、きっと怖いのだろう。

 きっかけは恐らく、裏門での出来事。確かにあれは、おぞましいものだった。

 どういう訳か、俺は除外されているらしいが、あの人の良さそうな鴎太の事でさえ、苦手意識を抱いている。

 だから以前、鴎太が現れた際に大人しく身を引いたのだろう。


「牛鬼の番号聞いて直接掛けた方が早い気もしますけどね」

「違いないね」


 けれども、まあ、軽口を叩けば、三条さんは笑ってくれる。

 鼻の頭はまだ赤いままだけど、表情は随分と明るくなった気もする。

 うん、もう大丈夫だろう。


「じゃあ、俺は行くんで。終業時間までは用務員さんも来ないんで、ゆっくりして帰ってください」


 どっこらしょっと、おじさん臭い掛け声が溢れてしまったけれど、腰を上げて、伸びをする。

 その様子を見ていた三条さんの瞳には、不安の色が滲んでいたけれど、俺だって最後まで面倒を見てやれるわけじゃない。


 適度に突き放す必要もあるだろう。


「俺は、吾妻さんと三条さん、いい友達になれると思うよ」


 今度は俺が捨て台詞を残して立ち去る番だ。

 三条さんは、何も言わなかった。

 俺の事情が恋愛絡みとなれば、強く出ることも出来ないのだろう。


「電話は、用事があればいつでも鳴らしてください。サボってるけど、校内には居るので」


 それじゃあまたね。

 同じクラスなので、バイバイとまでは言えないけれど。


 関わるべきでは無かったかなぁと、一抹の不安を抱えながら、俺は用務員室を後にした。


 後は、万事上手く行く事を祈ろう。





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