149.お姉ちゃん
「あ、」
目を丸くして、口も丸くして、そうして私の妹は間抜けな顔で声を上げた。
部室を飛び出したは良いものの、授業に出る気にもなれず、帰宅した所でかち合ったのだ。
私に、自由な時間なんて必要が無いのだから、校外に出たらリセットするシステムにしたかったけれど、社へ通う必要がある以上、そうは出来ない。
偽りの家族と、偽りの生活。
反吐が出るが、仕方が無い。
視線も向けずに部屋へ向かおうかとも思ったが、貰ったままになっていた菓子パンの存在を思い出す。
食う気にはなれないが、腐らすなんて、論外だ。
「お姉ちゃん……」
控えめに声を掛けて来たコイツは、丁度いい。
「陽菜美、これ、あげるよ」
鞄から菓子パンを取り出して、妹役の少女に差し出す。
そうしたら、妹は、これまでに見た事が無いくらい、瞳を輝かせた。
「ヒナ、……貰って、いいの?」
「私は食べないから」
「そっか、うん。お姉ちゃん、ありがとう」
どうして、そんなに、泣きそうな顔をする?
どうして、そんなに嬉しそうな顔をする?
三条遂叶がそうであるように、五十嶋桂那がそうであるように、二ノ前陽菜美も、キャラクターから逸脱している?
そんな、はずは無い。
陽菜美は二人と比べれば、田中小太郎とそれ程会っていないはずだ。
ゲームから逸れた行動をする奴なんて、陽菜美の側には居なかったはずだ。それなのに、影響される事なんて――、
「お姉ちゃん、高校入ってから、話しかけてくれなくなったから」
――ゲームから逸れた行動をする、私が、陽菜美の側に、
「だから、すごく嬉しい」
陽菜美は、今まで何をしていた?
あまり関わる事がなかったはずだ。
関わる事が、無さすぎる程に。
家族で食卓を囲む時、陽菜美はそこに居ただろうか。少なくとも、私の生活の中で、陽菜美に気を散らされる事は一切なかった。視界に入る事も、あまりなかった。――同じ家に居るはずなのに。
姉に、たったひとつの菓子パンを貰って、泣くほど喜ぶ妹。
群れから離れた、小さな子供。
――吐き気が、する。
もう、ずっと、気分が悪い。
「私、出掛ける、から」
「あ、塾だよね。気をつけてね」
健気に笑う子供。私はこの子に、何をした?
見ずに居た多くのものが、濁流みたいに押し寄せて、どうしてこうも、胸が痛む?
鴎太が居れば、鴎太が幸せであれば、それで良かったはずだろう?
――踵を返して、家を出る。
社へ行こう。私は、――私は、
……気が付くと、社の前で携帯電話を握っていた。




