義子にはなむけ――『彼』を形作るもの
構想はしていつつも、中々うまく纏まりませんで……
もっと上手にお話を纏められるようになりたいものです。
――深夜。
王にとっては突然の「お嬢さんを嫁にしますね?」発言により、黒歌鳥が王の度肝を抜いたまさにその夜のこと。
吟遊詩人は王に呼び出しを受け、王宮爆破以降、新しい城が完成するまでの仮の寝所として王に宛がわれている寝室に招き入れられていた。
事前承諾なしに義理の息子になろうとしている男を、花嫁の父親が呼び出す。
説教か。
「おい……ちょっと晩酌に付き合え」
違った。
どうやら国王様は、黒歌鳥との酒の席をお望みらしい。
「ちっと腹を割って話してぇんだよ。素面じゃ堪ったもんじゃねーし、酒を交えるぞ」
「縦に割りますか? 横に割りますか?」
「誰も物理の話なんて言ってねーよ!! 縦でも横でも、本当に割ったら内臓飛び出るわ!」
「ああ、内臓ではなく本音を飛び出させたい訳ですね。陛下は。ですが僕は、お酒は……」
「飲めない、とか抜かさねーだろうな? 飲まなきゃやってられねぇんだよ。お前も下戸ったってふり位……」
「飲めない訳では……ただ、タガが緩んでイロイロ抑えるのが疎かになりますが」
「………………そういや、お前が酒飲んでるとこ見たことねーな。まあいい、とにかく飲め。素面じゃ話難いんだよ」
「話し難いかどうかは陛下の問題でしょうに。まあ飲めと言うなら飲みましょう」
そういって、黒歌鳥は差し出された盃にすっと手をかざした。
かざすや否や、その手元がうっすら輝き……ぶわり、と。
黒歌鳥の全身から、言い知れぬオーラが噴き出した。
「は……魂が潤う、な」
その得体の知れぬオーラは、灰となった旧王城の……隠し部屋で遭遇した、『始王祖』のものにもどこか似ている。
その正体を言葉にするなら、きっとこれが当てはまるだろう。
『 王族オーラ + 精霊オーラ ÷2 』
悠然と足を組み、盃をくゆらせる黒歌鳥は……首を落とされた前国王よりも、余程王様感のあるオーラを全身から垂れ流しにしていた。
お陰で陛下の気配が霞むこと霞むこと。
「う、うおぅ……っなんだこれ! 抑えが効かねえってコレの事かよ!」
「……失礼。少々気が緩んでしまったようです。すぐに引っ込めましょう」
「出し入れ自在!? 訳のわかんねー酔い方しやがるな、お前」
「酔ってはいませんよ? ほら、杯の中身は減っていません」
「あ? そういや口付けてなかったな……けどお前、抑えが緩んだって」
「酒精をそのまま身体に取り入れては、分解に手間取って体に悪いですからね。僕、酒類は精髄……精神世界に属する栄養素だけを摂取することにしています。余計な雑味もなく、純粋な精神エネルギーに転化した栄養素と味わいだけを楽しめるので便利ですよ。肉体に影響を及ぼさないのでお腹に充ちないことは少々不便ですが」
「何言ってんだかわからんが邪道な楽しみ方してんじゃねーよ……。お前、俺の前で人外っぷり隠さなくなってきやがったな……もっと隠せよ! 俺にもよぅ!」
「陛下こそ、何を言ってるんです? 僕は純度100%人間ですが」
「俺は、その言葉だけは信じない……!」
酒の席は、ある意味で賑やかに進んだ。
主に賑やかなのは国王陛下ただ一人であったが、とにかく杯は進んだ。
黒歌鳥の手元には、精髄を抜かれて味もアルコールも香りも消え失せた無味無臭透明な液体(元・酒)が量産されていくばかりであったが、まあ杯は進んだのだろう。
己の口を滑りやすくする為に酒席を用意した国王であったが、滑らかになった舌から飛び出すのは理不尽を嘆く叫びばかり。
場は、程よく温まったと言えるのだろうか。
本題を述べる前に、既に国王は帰りたい気持ちでいっぱいだ。
帰るも何も、現場は国王当人の寝室であったのだが。
やがて、疲れ果てた態で王は言う。
「てめぇにやるもんがあんだよ」
そして新王が口にしたものは。
幼くして命を落とした新王の実弟の名と、前王の兄が治めた土地の名。
サージェス・エルレイク
――それは繋げたことで、新たな人名となる。
「てめぇにやる。俺からの選別だと思って有り難く受け取れ」
「受け取れ、とは……真意をお聞きしても?」
「取って置きの名前だ。仮にも王の娘を嫁にするんだ。だったら貴族に列しねぇとまずいんだろ? 貴族にすんなら、それ相応の名ってヤツが必要だ。だから名前と、領地をやるっつってんだよ」
「陛下……?」
「俺もな、俺なりに考えたんだよ。てめぇが、あの王宮の隠し部屋で……よくわからんが精霊王、だったか? あの化け物にあっさり自分の命くれてやろうとした時にな」
重々しい溜息が、温い空気を揺らす。
頭痛を堪えて眉間に添えた指には、自然と余計な力が入った。
最早眉間の皺を伸ばしているのか、皺を作っているのか。
悩ましいと全身で表現しながら、王は吟遊詩人をギロリと睨み据えた。
恨みがまし気な視線だった。
「結局あの後、怒涛の勢いで戦勝祝いだの式典だのなんだのかんだのに巻き込まれて、口を挟む暇も潰されて有耶無耶にされたがな。てめぇがあっさり命を投げ出そうとしたことに説教もさせてくれやしねーし、それにお前、俺が説教したって無駄だろ? だから考えてたんだ。お前があっさり自分を投げ出せるのは、『自分』ってものが世界に繋ぎ止められてねぇからなんじゃねーかってよ」
確固たる『自分』ってものを認識するに手っ取り早く必要なのは、『名前』だろ。
自分は誰か。
それを自覚する為の認識票は必要だ。
けどな、『黒歌鳥』なんて名前じゃ足りねー気がしたんだよ。
「だって『黒歌鳥』って雅号だろ。吟遊詩人の」
「それは、そうですが……私の名前を付けるのに、本人の意見は無視ですか」
「お前だっていつも俺の意見無視してんだからお相子だろ」
「ですがサージェス、ですか……」
「……なんか文句あんのか? っつうか、反応はそっちか」
てっきり『エルレイク』の方に反応すると思ってたんだがな。
「エルレイクはそれで気になりますが……わかっていますか、陛下。『エルレイク』は代々王国の王太子に与えられてきた領地の名。王家にとっては特別な土地の名前です。それを王太子となったヴィンスにならともかく、娘婿(予定)に過ぎない僕に渡そうなど……」
「あ? 問題ねーわ、そこ。お前こそわかってんの? あそこは王太子の土地……最後の領主は俺らが殺した『国王』の、『兄』だぜ。『国王』が陥れて殺した方の治めてた場所だ。跡取りの無かった王の即位後、誰かが領主に収まったわけでもねえし、土地の有力者や土着の豪族は『王兄』に加担して謀反を起こそうとしたーなんつう言いがかりで全員殺されちまった。あそこはそんな厄介な土地だ」
領主と土地の有力者……と地を守っていた番人達を一度に失い、土地には統治する者も束ねる者も、管理する者はいなくなった。だからと言って王家の直轄地に新しい王が誰かを配すこともなく、指示を仰ぐ相手を失って右往左往する領民だけが残されたのだ。
当然ながら土地は荒れる一方……一部の者の間では、前王が即位してからのこの18年で最も荒廃した領地として憐れみと共にその名を轟かせていた。
「そんな、荒れ果てた土地だぞ? 生半可な相手じゃ派遣したって復興の役にゃ立たねーし、そもそもヴィンスには新しい領地を与えるんじゃなくって、国王の側で補佐しながら王の仕事を覚える方針で決まってたろ。何しろ俺もヴィンスも、統治者としての教育は受けてねーしな。スムーズな世代交代の為にも、俺の仕事を今からヴィンスが半分肩代わりするっつう」
その点、黒歌鳥は元々新王が即位したら出奔しようと考えていたくらいには自由な身だ。
彼が革命戦争中に見せた様々な手腕や能力を思えば、王国で一番荒れた厄介な土地を任せたとしても疑問の声が上がることは少ないだろう。むしろその功績と王女を娶る事実を思えばどこの土地を与えたとしても文句を封殺することは容易い。
土地の速やかな復興の為に、優秀な人材を選んだ。
旧王家の慣例よりも、実を取ったのだと……そう誰もが考えるだろう。
だけど、国王が黒歌鳥に『エルレイク』を……そう考えた理由は。
前王に殺された、王兄。かつての王太子。
――エルレイク領の、最後の領主だった男。
兄弟で玉座を争い、敗れて殺された――その男が遺した忘れ形見が誰なのか。
エルレイクを治めていた男と黒歌鳥の関係を、新米国王陛下は知っていた。
「とにかく、てめぇにゃ背負ってもらうぜ? うちの娘を奪ってこうっつうんだ。少々の重荷は甘んじて受け入れろ。てめぇを侮って陰口叩くような雀共の妙な憶測は撥ね退けろ。……陰口とか、お前気にし無さそうだがな。ってか、陰口叩くような無謀な勇者がどうなるか恐ろし過ぎて考えたくもねーがな……!」
「エルレイクの名は嫌がらせですか……その名を僕に、という意図もわからなくはありませんが。仕方がありません、拝領する土地と姓については了解しました」
「なんだよ。まだ何か納得いってねえってか。土地と姓について納得したっつうなら……サージェスって名前になんか不満でもあんのかよ。文句あんのか、あ゛?」
「文句と言いますか……サージェス、というのは陛下の実の弟君の名前では?」
「……なんで知ってんの?」
自分の子供達にも言ったことのない、今となっては誰も知らない筈の名前。
幼い頃、戦争の巻き添えで生まれ故郷の村が焼けた時……村と一緒に死んだ弟の名前。
それを何故、黒歌鳥が知っているのかは……今更気にするだけ無駄のような気もしたが、釈然としない思いで国王の胸はいっぱいだ。思わず顔が引き攣るのも既に恒例というべきだろうか。
「陛下? 思い入れのある実弟の名前を与える……人の情に疎い僕でも、流石にそこに何の意味もないと流す程、朴念仁ではないつもりですが」
「流せ。流せよ……むしろそこで気付いていて触れてくるなよ、朴念仁! ああ、もう、察しろよ! 義理でも息子って思うのは複雑で仕方ねぇけど、年の離れた義理の弟くらいに思える程度にゃ、俺もお前に親しみ持ってんだよ。不本意だがな」
そう言って、己の腕に顔を伏せ……顔を逸らしながらもじろりと青年を睨む国王の顔は、なんだか拗ねた少年のようなもので。
確かに籠められているのは、親愛の情。
仲の良い友人や、それこそ弟……肉親に向けるようなソレに。
黒歌鳥は何故かそわっと胸の内がざわめくのを感じる。
今まで覚えたことの無かった感情に、彼が『面映ゆい』という名をつけるのは……まだまだ先の事である。
食べ物の精髄だけを摂取――黒歌鳥、妖精疑惑。




