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賞罰はその身に相応に



 それは、閣下が陛下になるよりも少し前、戴冠式直前の事。

 最後の王を討ち取った後に、それぞれの功績に合わせた褒賞の話……論功行賞、その結果に付随する新体制での人事打ち合わせを、革命軍の頭脳派な皆さんが集まって行っていた時の話である。

 ちなみに閣下は「難しい話は俺がいても役に立たん。座ったままの置物になっているよりは、他に出来ることをやっていた方がマシだ」と言って、城下の復興作業の現場監督に行ってしまっていた。……この場を不在にしてさえいなければ……閣下は後に悔恨の叫びをあげることとなる。

 何故ならこの席で、彼の可愛い二人の愛娘の今後について……具体的に言うと結婚話について、重大な進展を見せようとしていたのだから。




「――この地を離れる、ですか」

 困惑を隠そうともしない口ぶりで、エディッセは思いも寄らぬことを言い出した相手を見つめる。

 彼だけでなく、会議の場に居合わせた全ての人間が、同じく困惑の目で原因を見つめてしまう。

 エディッセの眼差しに、若干の咎める色合いが出てしまったのは故意か否か。

 どちらであろうと構う気はないと、常と寸分違わぬ微笑を浮かべたまま青年は頷いた。

「はい。僕に出来ることは、もう何もありませんから。閣下の戴冠式をこの目で見届け次第、その足で王都を離れようと思っています」

「王都を離れて、どこか行く当てでも……?」

「ふふ、何を言うんですか。僕は吟遊詩人ですよ? 生粋の根無し草に行く当てがあるとでも? 当分はこの目に焼き付けた革命の英雄譚を方々で歌い歩こうかと思っています」

「私はその根無し草も根を張ったものと思っていたんだが……君には、新制度始動後の全体監査役と情報工作関係をお任せするつもりだったのですがね」

「僕が? まさか」

 鋼にも負けぬ精神力を持った彼の罪悪感を刺激するには、エディッセが暗に含めた咎め程度ではまだ弱い。だけど、何をどうやったら彼に負い目を与えられるのか。エディッセにはその方法が見当もつかなかった。

「そんな大役、僕にはとてもとても……他にも適した人はいるでしょう? 僕のような大して武功もない吟遊詩人程度にそんな重役を与えては、他に反感を抱かせますよ」

「反感? この場の全員、納得の人事なんだけど?」

「ヴィンス様も同意見なんですか」

「黒歌鳥も言うように他にも向いてる人間はいるけどさ、この分野で一番の適任は絶対に黒歌鳥しかいないと思うんだよね。君が一番、他は追随すら許してもらえないんじゃない?」

「ヴィンス様は僕のことを買いかぶり過ぎですよ。僕は一介の吟遊詩人に過ぎないのに」

 やんわりと困った風を匂わせながら、辞退の意を示す黒歌鳥。

 その両手にカイツブリのぬいぐるみを手渡しながら、ヴィンスは目に力を込め、重ねて言った。

「ちょっとさ、黒歌鳥。さっき……十五分くらい前、ライエルバッハ殿の発現した懸念事項に対して君が言ったことをもう一回言ってくれない?」

「――『今後の貴族家の扱いですが、最後まで王家に与していた家は当然として、残していても仕方のない家は取り潰してしまっては如何でしょうか。既に今後に期待の持てない、人望もない、名実の伴わない役立たずな家は選出済みです。これらの家を削れば、現在の七分の一にまで既存の貴族家を削減することが出来るでしょう。これに伴い、領主を失った土地や浮いた爵位等々を論功行賞で功績もあり、領地経営の手腕にも期待の持てる人材に割り振ろうと考えています。また、残っている家の三割に該当する家の当主を革命軍側の人材にすり替える用意も整え済みです。ご安心ください、穏便な方法ですり替えは可能ですから。調査の結果、該当者達の血筋を辿ればそれらの家の庶子や庶子に連なる家系だと判明していますし、証拠も押さえてあります。どうせ現在の貴族は近親婚を繰り返し過ぎて血も限界に来ている者ばかり。子供など欲しくても望めず、生まれても育たず、跡継ぎは不足気味です。こちらで血筋に問題のない跡取りを斡旋して差し上げるのですから、むしろ感謝してもらえるのでは?』」

「……うん。その発言内容を鑑みても、僕らも知らなかった諸々の調査結果をたった一人で揃えてきた黒歌鳥は得難い人材だと思うんだ。やっぱり監査と情報関係やってくれないかな。君がそこを牛耳ってくれたら僕らとしては安心できるんだけど」

「この程度の調査、少し情報収集に慣れていれば誰でも……」

「出来ないから。無理だから、黒歌鳥の基準おかしいから」

「それに黒歌鳥、貴方の部下達からも嘆願が上がっている」

「……部下?」

「そこ、疑問形なんだ……自分には人望とかないと思ってた?」

「いえ。それ以前に僕に部下などいましたか?」

「そこから!? ちょ、貴方の部下達が泣くぞ!」

「黒歌鳥の薄情者! 知ってたけど!」

「冗談ではなく、本当に心当たりが……」

「………………黒歌鳥、貴方、軍事拠点や街の攻略前に情報操作や裏工作の為に潜入したりしていたでしょう」

「そんなこともありましたね」

「まだそんなに前の事でもないのに、遠い過去の出来事のような口で言わないでくれ。とにかく、その時に現地での活動要員として毎回何人か動員していただろう。勘の良い者や見込みのある者は何回も参加させていたし、適性のない者は一回きりで二回以上は連れて行かなかった」

「そうすると、あら不思議。回数を重ねる内に、黒歌鳥に動員される面子が同じ顔ぶればっかりになって、その内固定化したよね。動員されていた兵達的には、黒歌鳥に見込まれて直属の部下になれた! って風に思っていたみたいだよ? 期待させるだけさせて、君にはその気がなかったなんて酷いんじゃない?」

「本人の意識の問題までは、僕にどうこうできるとも思えないのですが……」

「何回もお願い聞いて動いてもらってたんだから、期待にくらい応えても良いんじゃないかって思うよ」

「そして自称(・・)貴方の部下達が嘆願してくるんです。国が落ち着いたら、是非とも黒歌鳥の旗下で今後も働きたいと。黒歌鳥が立ち上げるであろう新部署(憶測)の一員となり、貴方に長官の座についてほしいそうですが」

「僕が一体どんな目で見られているのか知りませんが、皆さん、僕のことを過剰に勘違いしていませんか?」

「憶測から上方修正されることはあると思っても、期待が外れるとは誰も思っていないよ?」

 言葉を重ねて、会議に参加していた面々は黒歌鳥に対する認識をやんわりと伝える。

 それらに納得がいかないのか、黒歌鳥は首を傾げてどこか聞き流しているようでもあった。

 埒が明かない。そう思ったのは、彼か、彼らか。

 黒歌鳥の説得材料も、引き留めるに足る情報も出せなかった会議場の人々は、黒歌鳥の出奔については保留にしてほしいと願い出る。

 黒歌鳥が出立するという、戴冠式までになんとか黒歌鳥を引き留められるような条件を探し出そうと、彼らは必死で頭を働かせる。

 だって……革命軍の幹部で知らぬ者はいない。イロイロと諸々の情報を握っている、黒歌鳥。容赦も遠慮もない、悪魔のような謀略を平然と巡らせる黒歌鳥。

 そんな物騒な人物を野に放つなど、とてもとても……


 こわくて出来なかった。


 それでも黒歌鳥が出ていく意思を変えられなければ、仕方ない。

 物理的手段で引き留めるのも後が怖い。

 戴冠式までになんとかしよう……持ち帰ることとなった案件に、皆は頭を痛めた。

 ただ、そんな中で。

 個人的に思うところがあるヴィンスは、どうしても納得がいかないという目で黒歌鳥を見続けていた。




 黒歌鳥の出奔宣言。

 本人が何気なくぽろっと言った案件に、会議場が揺れてから十分後。

 誰もがその日最大の問題は黒歌鳥の宣言にあり、頭を悩ませるべき難事は黒歌鳥を引き留められる言葉を探すことだと思った。

 だが、彼らを襲った衝撃はそれだけじゃなかった。

 論功行賞の話し合い、その内容が……王の娘達にも、及んだのだから。


 そもそもこの日、論功行賞という外せない大切なテーマの会議なのに閣下が……もうすぐ国王になる男が参加していない。

 その時点で、彼の大事な娘達に話が及ぶことはないのだろうと誰もが油断していた。

 まさか父親のいない場で、娘達の今後の身の割り振りに関して話し合おうとするなど……父親が蚊帳の外にも程がある。本来なら有り得ない事態だ。

 だけど平然と、ヴィンスと黒歌鳥は少女達について言及してしまった。

 エディッセが止めようと手を彷徨わせるも、もう遅い。

 ヴィンスが撤回のしようもないほど、はっきりと言ってしまっていた。

 「姉さんの縁組については、どうしようか」……と。

「……今後の事を考えると、『ベルフロウ』と同調して王都攻めを敢行した革命組織の中でも有力などこか、その指導者との縁組が妥当なところですが……」

「同調して一緒に戦った組織って、数が多すぎる。そこからどれか一つを選ぶのは新時代に軋轢を生じさせかねないよ」

「そもそもご令嬢方は私達が身の振り方を決めることに納得されているんですか?」

「少なくとも姉さんには意思確認したよ。それどころじゃなかったから縁談も纏めようがなかったし、気付いたら姉さんも婚期を逃しかけてるし、ね……。うちは両親が恋愛結婚だったから子供にも恋愛結婚を推奨って方針だけど、姉さんとしては特に今気になる人がいるでもないし、革命軍に好い人がいたら結婚もやぶさかじゃないって」

「まあ、新国王の娘婿になるのですから人柄や素行は当然審査対象ですが」

「でも姉さん人気だから、誰を選んでも禍根が残りそうだよね……」


「でしたら、いっそ武闘大会で決めるというのはどうでしょうか」


 突拍子もない、その意見。

 案を出したのは意外にもエディッセだった。

「一方的に我々が選べば揉めるは必定。何より、父親が納得しないでしょう」

「ああ、うん、まあ。その光景は目に浮かぶね」

「ですので、来年……新国王の即位一周年を祝う記念式典を企画していますよね? その催しの目玉としてしまいましょう。血と鋼を以て革命を成した我らにとって、武勲は誇るべきもの。武闘大会が催しの一つとして企画されていたでしょう。そこに『独身男性成人済みの部』を設置し、事前に大々的に優勝者は『第一王女との婚約』が許されると喧伝するのです」

「ちょ、ちょっと待て。それこそ問題だろう!? 戦闘能力だけで勝ち取れるとなったら、どんな奴が参加するか……」

「おかしな人間であれば、それこそ死力を尽くして他の参加者が潰してくれるでしょう。それにお間違いなく? 許されるのはあくまで『婚約』……『婚姻』そのものではありません」

「ああ! つまりおかしな人間だったら何かしら理由をつけて?」

「結婚を許すに不足と判断されれば、婚約を解消させるだけです。むしろ解消してからが本番ですよ。一連の事態に対して、武闘大会の上位入賞者達がどんな反応をしたか監視をつけて観察します。その行動記録から、真の婚約者を選出するのです……!」

「ややこしい上に回りくどいけど、なんか面白そう!」

 面白そう。

 そう言って手を叩いたのはヴィンスだ。

 自身の姉が当事者、つまり決して他人事では無い筈なのに面白がっている。

 勝手に婚約者を決められた挙句に、一度婚約に失敗する可能性を膨らませられている姉の方は、きっと堪ったものではない筈だ。後で知った時、ヴィンスに「どうして回避してくれなかったのか」と盛大に文句を言う姿が幻視()える。

「姉君の婚約者決めを来年、妹君には再来年ですね」

 自分の案の何が気に入ったのか。

 満足げにうんうんと頷きながら、エディッセは会議に参加していた幹部達を巧みな話術と、利点の説明で全員賛成に回らせてしまった。

 こうして、少なくとも来年、閣下の上のお嬢さんが武闘大会の優勝賞品となることが決まってしまったのである――。




 論功行賞によって、新王の娘達の今後を決めよう。

 何となくで話が進み、娘達の意思確認もなく大分身勝手な予定が決まった。

 時々気に病むような顔をしながら、面白がるような口調を挟みながら、ヴィンスは成り行きを見守った。

 だが、全ての話し合いが終了してひと段落が付いた時。

 ヴィンスは目で問いかける。

 遠からず出奔するつもりだと勝手に決めた、家族同然に思っていた青年へと。


 本当に、そうするつもり? と。

 功で言えば黒歌鳥こそが最も資格があるだろうに。

 何しろただ国への反感をくすぶらせていただけの者達を『反乱軍』に仕立て上げ、組織同士の横のつながりを結び、『革命』を成功させ……この勝利に導いた立役者は、誰が口にせずとも明らかなのだから。

 それに。

 (あのこ)の気持ちを知っているくせに。

 


「君、僕の妹の気持ちは知ってるんだよね?」

「? なんのことですか」

「ちょっとぉ!? 流石に怒るよ? ティファリーゼが君の事好きだって、知ってるはずだ」

「――ああ、そうでしたね。その件でしたら」

「その件でしたら? なに。解決したとでもいうつもり? ……君の出奔で」

「いえ、ティファリーゼさんはどうやら忘れてほしいようなので、忘れていました」

「そこで本当に忘れるから君の周囲の人間関係がこじれるんだよ! そこは忘れたふりはしても、本当に忘れちゃ駄目なところだから!」


 この後、ヴィンスに盛大に怒鳴りつけられた上、黒歌鳥はぽかりと背中を叩かれた。

もっと言ったれ、ヴィンス。

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