民衆からの呼び声――歓呼。
「なあ、黒歌鳥……アレ、なんだったんだ? お前を絶句させる奴なんざ初めて見たんだが」
「精霊王です」
「……はい?」
「ですから、『精霊王』です」
黒歌鳥は、さらりと言った。
だがさらりと言われた方は固まってしまう。
この国の宗教の形は、祖先崇拝と精霊信仰。
そんな国で、精霊の王だと唐突に言われたのだ。
精霊の王……その意味は、あまりに大きい。
「精霊王……? え?」
「人間がそう呼んでいるだけですけど。本来、精霊には王や貴族といった人間のような身分制度は存在しませんから。ですが人間の言葉や考え方に当てはめるのであれば、やはり『王』というのが相応です。アレはこの世界に現存する、最古の特別な精霊ですから。閣下も昔話か何かで聞いたことあるんじゃないですか? 精霊の王様が人間の願いに応えて奇跡を起こすお話を」
アレは、あの精霊と盟約を交わした我々の祖先との関りが民話化したものなんですよね。
黒歌鳥は疲れたように、溜息交じりに遠くを見ている。
その視線の先には、果たして何があるのか……一端だろうと知りたくねぇなと閣下は思った。
王の血は絶えた。
子のいなかった王。
後継者らしい後継者のいなかった王。
たった一つの首を落とされては、これ以上、時代を紡ぐことなど出来ない。
そう、それが全ての終わり。
それこそが吟遊詩人の待ち望んだ時。
そうして、新たなる王朝の……新王の時代の幕開けでもある。
――狂った嵐の精霊復活の為に、自ら贄となって命を落とした王。
その不自然な遺体からは、傷をつけても血の一滴も出てはこない。
人間にとって常識であるはずの理……傷口からの出血……を逸脱した肉塊は、まるで蝋人形のようだ。
前王の血の出ない首を捧げ持ち、黒歌鳥は楚々として微笑む。
ついに王朝に幕は引かれた。古き王家は終わりを迎えた。
「この首が、そのあかし」
「嬉しそうだな、てめぇオイ」
これを掲げて民衆の前に立てば、それで閣下の勝ちだと。
しかし勝利を前に、閣下は難しい顔をしていた。
黒歌鳥に持たされた首を片手に掲げ、瓦解していく城壁の上に姿を見せた閣下……
……英雄の姿を認め、人々から歓喜の声が口々に放たれる。
大歓声を以て迎えられながら、英雄に祭り上げられた中年男は上の空で深く考え込んでいた。
――王の血脈が、絶えた?
「……違うな。
まだ、てめぇがいるだろ」
……心身ともに酷使されまくって疲れ果てた中年男の呟きは、新たな王の誕生を喜ぶ民衆の、王都全体を覆わんばかりの歓呼の声に呑まれて消えた。




