――聖受歴1,538年 始耀月15日 曇り
なんか、黒歌鳥の作為を感じる。
例えば国の軍事拠点落としに行けば、こっちが何かするまでもなく最初から過剰に怯えていたりだとか。
「ひ、ひぃ……っ とうとう奴ら、こんなところまで来やがった!」
「駄目だ、あの肉切り包丁みてぇな短刀……『首落としのガーラム』に『城塞崩しのマサラ』までいやがる……奴ら、俺らを生かして逃がさないつもりか」
「こ、交戦する相手は皆殺しなんだろ……。もう投降しちまおうよぅ」
「根性のないこと言うんじゃねえ! 戦場も知らねぇ新兵か貴様!」
「みんな、やべぇぞ! 指揮官がいつの間にか逃亡してやがった!!」
「「「あぁ!?」」」
「普段っから偉そうなこと言ってた癖に、あの野郎っ」
「今までふんぞり返ってた分の責任くらい果たせよ!」
「畜生……っまともな用兵も戦術の知識もねぇ俺らだけで、指揮もなしにどうしろってんだよ!」
取りあえず其処の砦は交戦開始三時間で降伏した。
指揮官がいない分、逆に現場叩き上げの兵士ばっかりが残ったせいか逆に粘り強くて根性あったわ。
……現場指揮が行き渡らねぇせいで国軍兵士側に混乱が広がって、どうにもならなくなっちまったがな。
ところで『首落とし』とか『城塞崩し』って誰のことっすかね?
そんなご大層な異名で呼ばれるような野郎に心当たりねーんだけど。
俺の隣でくつわを並べている鶏を捌くのがとっても上手な牧場出身のガーラムさん(54)と、前歴:地上げ屋だけど高い志を以て革命の志士となったやくざキックが得意なマサラさん(36)のことっすか。ねえ。
あと『肉切り包丁みてぇな短刀』ってそれ肉切包丁だから。他のナニかじゃねえから。
例えば国の軍事拠点以外、どこ行っても歓呼の声で出迎えられるとか。
「「「ベルフロウッ ベルフロウッ! ベルフロウッ!!」」」
例えばなんかやたらと俺らの武名……っつうか野郎の捏造して流布させたとしか思えねえ武勇伝が広まっている、だとか。
「きゃーっ! 武勇の夢幻六勇将様がたよ! 全員おそろいだわ」
「ああ、なんて凜々しいの……素敵!」
「あれがいずれも劣らぬ一騎当千の勇者と名高い……」
「あの大軍を率いて戦闘を行かれるベルフロウ閣下の堂々たるお姿……おお、我らの導き手たる精霊よ! 我らの救い主に祝福を! 国王と貴族どもに天罰を!!」
「閣下ぁ! 竜の首をも落としたという剛剣で国の圧政をも断ち切ってくだせぇ!」
AHAHAHAHA! 空から見てるかい、キャサリン……人間って、この年齢になっても成長できるみてぇだぜ!
……自分でも思ってなかったぜ?
こんな……居た堪れねぇ内心、おくびにも出さずさ。きれーに丸ッと押し隠して、堂々と歓声に応えられるようになるなんてな!
そう思うと俺も、他の幹部勢も大した成長ぶりだろ、キャサリン!
うん、なんで竜殺しの逸話がここまで広まってんだよ。
全然心当たりねーよ。俺、そんなんやったことねぇから。そもそも竜自体、お目にかかったことねーから。ホント。
そんな感じで、どこ行っても行く先々に黒歌鳥の痕跡めいたもんが肌で感じられる。
お前、どこまで先に行ったんだよ?
それとも、動かずとも遠くまで人心を遠隔操作出来るような技でも持ってんのか、おい。
……あ、出来るかもとか一瞬考えたら、なんか背筋がぞくっと……。
お、俺の、考えすぎダヨナーッ!?
奴の足跡を辿っているつもりはない。
だが、結果として王都に向かって進めば、奴の気配……その残滓めいたものがある。
だから多分、王都に向けて先行してるんじゃないかってのが、部下達の大方の予想だ。
行動力ありすぎだよな、お前。
ある意味凄まじいと前々から思っちゃいたが、独力でやらかすことの影響力が半端なさ過ぎる。
行軍速度はどうしたって個人の足より遅くなる。
だから野郎がずいずい先まで進んでいてもおかしくねーんだけど。
けどな、どこに行ったのかも消息不明な奴のことだ。
先に進んだと見せかけて、予想外の方向に進んで暗躍している可能性もなくはない。




