――聖受歴1,538年 始耀月5日 晴れ
すっげぇ気味が悪いんだけどよ。
あの改めての演説から、数えて三日。
それまでの無茶な行軍が嘘だろってくらいに、平凡で普通の行軍速度だ。
いや、平凡で普通の行軍ってなんだよって感じじゃあるんだけどな。
目の前の緩やかな上り坂の先に、砦が見える。
王都に続く街道を塞ぐ形で、平常時は関所として機能していた。
前は何度も、あの関所に見送られる形で派兵したもんだが……
今、関所は本来の砦としての役割を取り戻している。
大勢の兵士が詰めかけ、外敵に対する防衛戦として。
けど、なぁ……。
なんつうか、気が乗らねぇぜ。
だってあいつら、見るからに貧弱だ。
黒歌鳥が何の手回しをせずとも、策がなくとも。
今のこの行軍人数なら、数の利だけで難なく攻め落とせそうだ。
……ま、どうせ今回も?
黒歌鳥の野郎がなんぞ魔法みてぇな無茶苦茶な手(主に裏工作)を使って、無血開城でもするんだろうけどよ。
今までの例を鑑みて、ってやつでな。
俺はすっかり、戦わないで素通りするつもりでいた。
だから、野郎に言われて一瞬、唖然としちまった。
いやな? 俺、聞いたんだよ。
暗躍大好きな黒歌鳥の野郎によぅ……。
今回は、どんな策で突破するつもりなのかよって。
そしたら野郎、言いやがったんだ。
きょとんとした面でな。
――え? そんなものありませんよ。
……ってな。
思わず「はぁ!?」っつっちまったのは、断じて俺のせいじゃねえと主張したい。
野郎の言い分は、こうだった。
もう今となっては、『余計な策』なんぞ必要ねえってな。
ここから先は俺の武名と、今までに敵兵を円満に吸収までして存分に膨れ上がらせた兵力だけで充分だと。
……本当の『最終防衛線』は既に突破したっつう意味はわからなかったが。
言われて改めて振り返ってみれば、俺の馬に続く人馬の波。
これだけの兵力がありゃ、確かに小手先の策なんぞは物量だけで蹴散らせるだろうよ。
それを如何に損害少なく果たせられるかは、将の采配次第。
その采配を、今更俺に返却しようっつう心づもりらしい。
おい。おいおい、黒歌鳥よぅ。
お前、今までの太々しいまでに裏から糸を引く黒幕ぶりはどうした。
……あ? 少しは俺の目に見える実績を残しておいた方が良いだろうって?
今まで俺を置物よろしく何にもさせなかったのは、てめぇだろうが!
その癖、俺の知らねえ間に心当たりのない手柄山積みに押しつけてきてやがっただろ!
ふざけてんじゃねえぞ、この野郎……っ!!
――感情をくすぐられて煙に巻かれたって気付いたのは、後になってからだった。




