黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年水耀月7日 本日も晴天也
久々に戻った北方攻略拠点は、見た目だけは以前と変わらない。
だが人は確実に増え、戦の準備は着々と進んでいる。
その様子に、自分の成した行いの成果を知る。
有志の面々に下した指示は、忠実に守られていたようだ。
これで、滞りなく動くことが出来る。
私は常の仮面を被り、無害な笑顔で出迎えた人々に挨拶を返す。
最も後に顔を出したのは、我らが『盟主』閣下。
どうやら余程の疲労が溜っているらしく、目の下には濃い隈がある。
いけない。
司令官は見栄えも重要だ。
疲れ、くたびれ果てた壮年男性に、頼りがいを感じる者がいるだろうか。希望を投影する若者がいるだろうか。
ここは強制的に休養させるべきかもしれない。
私は竪琴の溝に隠した麻酔針に手を伸ばし……
手に取るのを、止めた。
考えてみれば『盟主』を休ませるよりも先に、やるべきことは山積している。
どうせまだ猶予はあるのだ。
強制的に休ませるのはもう少し酷使し、心身ともに疲弊しきってからでも構わないだろう。
その方が睡眠も深くなり、質の高い休養を取れるかも知れない。
それに元将軍閣下は、鍛え抜かれた鋼の肉体を持っている。
彼ほど打たれ強い戦士が、疲労如きで倒れるとも思えない。
いざ戦場に出れば、七日七晩不眠不休で戦い抜いたという逸話も有名な話だ。
つまりは最低でも七日七晩、睡眠をギリギリまで削って労働をさせても、潰れることを心配せずに良い人種だということだろう。
彼の強靭さを前に、気遣いは無用だったか。
「僕が見聞きしてきた各地の情報を中心に、報告がいくつかあります。既に報告書は纏め終えていますので、人を集めて下さい」
私は有無を言わさず、閣下に緊急招集の号令を下させた。
忙しくなるのはこれからが本番だ。




