黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年火耀月24日 本日も晴天也
こんなに無茶するのは最初だけです。安心してください。
取り乱す元将軍……いえ、盟主を安心させようと微笑みを添えたら、何故か真っ青な顔で取り乱されかけた。
解せない、が……私は何か間違えた対応をしたのだろうか。
未だに人の心の機微への理解に乏しい、私。
それでもここ何年かは積極的に人との交渉を重ね、共に過ごす時間を得たことで少しずつ学習を重ねるに至っていたと思うのだが。
ここまで長い時間、近い距離にいるにはまだ十分足りるものではなかったらしい。
人の心は、複雑怪奇。
私の心にはその複雑に折り重なる深みが足りない。
何事も表面上の、簡単にして単調な感情をなぞるだけ。
それも理解が及んでいないので、このような祖語が生じるのだろうか。
将軍を宥めるに、良い方法はないだろうか?
情報として知っているのと、実際に関わるのでは大分違うということを、私は彼から学ぶことができた。
情報を臆面通りに受け取り、薄っぺらなそれだけを頼りとして基準に置いても、こうやって実際の反応を見ると予想を大きく外れる。
情報と、実際の齟齬。それはとても得難い経験の学習といえる。
だが彼は、今後も付き合いは長くなる相手だ。
機嫌を損ねると兵たちの士気にも大きく関わる。
盟主を対象とした、上手な感情のコントロール方法を今の内に模索しておいた方が良いらしい。
盟主は……『我ら』は、決起したばかり。
詳細な情報どころか、武装蜂起が各地で起こったという情報すらも王宮には未だ届いていないことだろう。
国に属する者達の腐敗に従い、情報の伝達という何よりも拙速を要求される機関の構造もまた良い塩梅に腐敗している。
それは本来ならば国に属する者として何よりも危惧すべきこと。
しかし国を倒さんとする私達にしてみれば、僥倖ともいえる。
相手に対応、対処させる隙を与えるのは愚者の所業だ。
対処どころか情報を得ることすら出来ていないのならば、それは切り崩し放題というものだろう。
国の初動が見える前に、やれる限り崩してしまおう。
既に反乱に同意する者と拒む者の選定は終わっている。
そして国への叛意を持つ者は、決起集会に合わせて取り込み済みだ。
いま、『味方』以外は既に敵しかいない。
反抗する力すらもない脆弱で憐れむべき民以外は。
残っているのは、全て王国側。
全部全部、残らず敵ばかりだ。
今後こちらに付きたいと考えるような日和見もいるだろうが。
まだ『ベルフロウ』が弱い勢力に過ぎない今の内は、目の前にいるモノを遠慮容赦なく全力で薙ぎ払えば良い。
そう、国という脆い積み木崩しの始まりだ。
それが何よりも楽しくて、楽しくてならない。
実際に崩していくのは私ではない。
私ではなく、正面に立って国に立ち向かう『英雄』。
我らが……民衆が選び支える、『ルーゼント・ベルフロウ』。
彼の働きを導き、情報を操作し、華々しい英雄譚を織り上げる。
さあどんな物語にするべきか。
それを考えるだけで、私の胸は高らかに喜びを告げる。
そう、これが喜び。
歓喜というものなのだろう……。
私の口元が、自然と緩む。
至福の喜びというには、少々乏しいが。
だが最上の喜びは国が本当に瓦解した時、その時に取っておけば良い。
今はただ、この心地よい歓喜に浸っていれば良い。
打ち破られた街の門前にて、竪琴を抱えて壁に背をつける。
自然と緩く微笑む私を目撃した『盟主』が、目を見開いて動きを止めた。
……その反応は、どういった意味を有するのか。
感情の機微というモノに疎い私には、よくわからなかった。




