――聖受歴1,537年火耀月18日 晴れ
おっさん、大混乱中。
何があったのか、どうしてこんなっちまったんだか……
今でも混乱している。
っつうか、訳わかんねーよ……!
嘘だろ……。
絶望に塗り染められた頭ん中、浮かんだのはそんな言葉だった。
昨日が夢か何かだったみてぇな、打って変った青空の下。
今頃になってよく晴れてんじゃねーよ。
天候にすら悪態をつくのはきっと気分が最悪なせいだな。
なんでこんなことになっちまったんだ……。
俺は信じたくねぇ現実を前に、頭を抱えた。
ついでに得意げな顔をする吟遊詩人の面を殴ってやろうとしたが、避けられた。
こいつ、ただモノじゃねぇ……
身のこなしが異常に良過ぎんだろ。
お前、本当に病み上がりかよ。
にこっと人懐っこく笑う得意げな面が、物凄ぇ癪に障った。
嵐が過ぎ去り、青々と晴れ渡った空の下。
俺が駆け付けた時、先走った馬鹿野郎共のやらかしたことは既に手遅れで。
目の前には、全壊状態の屋敷。
そして亀甲縛りに猿轡で転がされたおっさん。
ははははは……このおっさんが領主なんだってよー…………
望んでもねぇのに、喉から乾いた笑い声しか出てこなかった。
こうなったらもう、どうしようもねえ。
物的証拠がそろっている上に、状況について証言可能な証人だって勢揃いだ。
逃げ場が、ねえ。
口封じで皆殺しにでもしねえ限りは。
そんでもってそんなこと、俺に出来る筈もねぇんだ。
だってさ、善良な領民の皆さんが、なんでだかえらい嬉しそうなニコニコ顔で俺を讃えてくんだぞ?
これが悪党の集団だったら、俺だって蹴散らすにやぶさかはねぇ。
けど目の前にいるのは、俺を万歳三唱で讃える罪もない民草で……って、おい、何があったかちゃんと状況の認識できてんのか?
俺は何もしてねぇのに、俺主導の元に領主を捕えたことになってやがる……誰だ、誰が俺を嵌めたんだ!?
やめろ、そんな嬉しそうな顔で吹聴して回る気だろ!?
俺の制止も無駄に終わり。
瞬く間に、砦の野郎共の蛮行が俺の『手柄』として伝播した。
や、やめてくれ……!!
予想を超えてぶっとんでいく事態に、俺はどうしたらいいんだ。
手遅れに終わった事実に惨憺たる心情で肩を落とし、それでも逃げる訳にはいかず、仕方なしに砦へ戻った。
そうしたら待ってたんだよ。
待ち構えてたんだよっ
あ、あの魔物め……っ!!
砦の前には、昨夜飛び出した時には無かったはずの『櫓』が……
待て、櫓???
しかもその周辺一帯を取り囲むように、この北方じゃ見たこともねぇような規模の人波が、こう……大量に村を埋め尽くして。
予想外の光景に、なんか腰が引けた。
一瞬、逃げようかと思った。
だってなんか嫌な予感が……
だが、俺がそう思った時には、もう手遅れだったらしい。
櫓の上にいた誰かの目には、俺らの『凱旋』が既に捉えられていたらしく……俺の目にも、その『誰か』が手を振り上げて合図する姿が見えた。
瞬間。
どわぁっと湧き起こった。
何があったのかと思った。
俺の思考を停止させる歓呼の波。
……『ベルフロウ』コールが、盛大に。
シュプレヒコールかと思った。
だが俺のことを大興奮の様相で民衆が叫ぶ訳だ。
待て、なんだこの状況!?
やめろ、俺を追い詰めて楽しいのか……!?
櫓の上で、誰かが民衆を煽りたててることだけはわかった。
ついでにこの『ベルフロウコール』もそいつの仕業っぽい。
誰か知らねぇが、奴だけは殴る。
その一心で、俺は逃げられない大観衆の中を進んだ。
砦前の櫓へと続く一路が、人の壁によって形成されている。
俺の前に拓かれている道を辿ったら、全部手遅れになる気がした。
……が、逃げ場がねぇ。どこにも。
道の左右は人ごみに完璧に封鎖されている。
退路……背後は、一緒に『凱旋』してきた馬鹿野郎共がうじゃうじゃいて隙間もねえ。
通る隙間があっても、通れる奴はあれだろ? 蟻か何かだろ?
前に進む以外に、俺の行き場がどこにもねえじゃねーか!
誰だ、ここまで徹底的に道ふさいだヤツ!?
なんとなく脳裏に、『黒歌鳥』の顔が浮かんだ。
そいつはやっぱり櫓の上にいて、竪琴片手になんか歌って……って、ちょい待て!?
おまっ……なに歌ってやがる!?
歌声を村全体に届けとばかりに歌う、ヤツ。
度肝を抜かれた、俺。
よくよく耳を澄ませてみれば、ほら聞こえた。
酷い捏造歌が……。
ちょっっっと、まてぇぇえええええええええええっ!!
事実とは150%くらい異なる歌詞を堂々歌うんじゃ、ねぇええええええっ!?
まるでさも事実のように歌うの止めてくださいマジでっ!
聞こえてきたのは、俺が祖国の腐敗を嘆いて救国の為に起つ……とかなんとか、そんな心当たりの欠片もねぇ内容で。
しかも王国への背反と決意を世に示す為、暴制を敷く領主を先頭に立って補縛したとか何とか……おい、こら、待て。
散々美化されてんだが、なんだそれ。
どこの英雄譚だ、あ?
合い間にちょこちょこ俺の名前と、俺を讃える言葉が差し挟まれてさえなけりゃ、完璧に俺とは何の縁も関わりもねえ何かだとしか思えねえ。
っつうか、俺とは無縁のナニかだと思わせてくれ。マジで。
他人事なら、綺麗な歌だなぁとか悠長に思えただろうが。
主人公の如く俺の名を連呼されて、聞き流すことなんざ出来ねぇ。
俺の顔は、いまきっと鬼の形相だ。
それをも奴は、国への怒りがどうのこうのと歌ってやがる。
国じゃなくって、てめぇへの怒りだっ!!
殴る。
絶対に、殴る。
俺はそう決めて、さっきまで尻ごみしてたことも忘れてヤツの顔面殴りに進んだ。
あんまりな酷さと怒りで、奴のことしか見えなくなってた。
視野狭窄と、後で笑われるとも思わねぇでな……
黒歌鳥は、櫓の上。
そいつを殴ろうと思ったら、俺もまた櫓を登らなきゃならねぇ。
黒歌鳥を殴りたい一心で、全然気付いてなかったが。
……櫓の上に登るってことは、民衆の前に『立つ』ってことで。
これが王国への反乱を始める、『決起集会』とは露知らず。
のこのこと整えられた舞台に上がり、手ぐすね引いて待ちかまえてた奴の手の内に、まんまと転がり込むことになるなんざ……どう予測付けろってんだよ。
煙に巻かれて、丸めこまれて。
俺は何故か、この日。
王国の体制を打ち破るべく決起した反乱組織の、盟主の座をゲットした。
い、いらねぇぇぇええええええええっ!!
いつか絶対に、殴る。
俺はこの日、ひとつの誓いを胸に刻んだ。
絶対、絶対にだ。
絶対に……いつか、黒歌鳥を全力で殴ってやるっ!!
その誓いが終世果たされることはないとか、な。
全然思ってなかったぜ、俺……?
元将軍 HP:0
黒歌鳥の勝ち!




