黒歌鳥の暗躍――聖受歴1,537年月耀月3日 暴風雪(2)
黒歌鳥と元将軍の、一方的に居た堪れないファーストコンタクト。
色々と情緒的に理解していない黒歌鳥が残念すぎる。
すっかり弱りきった肉体とは、厄介だ。
必要がない限りは……今後、同じ手を使うのは止めよう。
少なくとも最低限、身体の自由は確保できる範囲に留めるべきか。
身を起こそうとしても、自分の体を支え切ることが出来ずにずりずりと身は滑る。
介助してもらい、背にクッションを当ててもらっても下半身に力が入らないので上体を起こしていられずに滑り落ちていく。
お陰でどうしても上体を起こしていたかったら、誰にかに上半身を抱きとめていてもらわなくてはならない。
大変、面倒だ。
とてもとても面倒だ。
何より自分のペースで食事が出来ないなど。
「はい、あーんして?」
「あーん、とは?」
「ふふ、大きくお口を開けてってことよ」
ふむ。
確かに木匙に掬った粥を溢さずいただくには大口を開けねばなるまいな。
無防備な口内を曝すのは、危機意識的に問題にも思うが……
彼女達が善意の人であることは確か。危険はない、か?
少しばかり気まずい思いはするが、人の思惑に身を委ねるしかない身体状況は自業自得の色も濃い。
仕方あるまい、食べさせてもらう側としては従わねば。
「じゃあ……あーん?」
「…………お前ら何してんだ」
意を決して介助の指示に従おうと口を開けたところで、部屋の扉も同時に開いていた。
戸口に立っていたのは、呆れ顔の男が一人。
がっしりと厚い筋肉に覆われた肉体は、中年期のモノとは思えない。
うむ、中々見栄えがする体躯で結構なことだ。
やはりどんな方向性であれ、姿が映える方が民衆の意を受け易い。
私はにこやかに、朗らかに意識した微笑みを浮かべてみせた。
もう『笑顔』を習得してから大分経つ。
……様になっているかは自分ではわからないが、笑顔を浮かべる動作も滑らかになってきたので不自然さはあまりないのではないだろうか。
人好きのする顔を心がけ、顔を引き攣らせた男……『家主』に、話しかける。
この場合は、何と第一声に発するべきか?
僅かばかり逡巡し、人の礼儀に則った言葉を選ぶ。
「お邪魔しています」
「……いや、どっちかというとお邪魔なのは俺の方に見えるんだが」
困り果てた顔の、元将軍。
はて、何故にそのような顔をされるのだろうか。
……やはり何か不自然なのだろうか?
しかし既に言葉を放ってしまった。
今となっては取り返しもきかない。
となれば、今はこのまま乗り切るのみ。
そして次に似たような状況に陥った時、同じ失敗をせぬよう努めるのみ。
異常な状況下における語彙は、時間のある時に模索しておこう。
「あー……その、目が覚めたようだな」
「はい、お陰さまで」
「体の方は、えぇと……」
「見ての通りですが」
「……素直な目で見た場合、状態を曲解しそうになるんだが」
それは『素直な目』で見ていないのでは?
しかし、曲解……? 何をどう曲解するというのだろうか。
歯に物の挟まったような物言いは、予想していた彼らしくはない。
小鳥達の報告ではもっと豪放磊落といった印象だったのだが。
現在、食事にも介助を必要とする身。
5日間の絶食で、肉体は体力の回復と身体維持の為に栄養素を必要としていた。
厚かましいながらも、看病をしてくれていた乙女達に食事の用意を願い出たところ……私単独では食事もままならないという、恐るべき盲点。
仕方がないので介助していただいている所に、私の目覚めに関する報告を受けたらしい元将軍がやってきた訳だが。
確かに、私の今の体勢は人の訪問を受けるに適していないのかもしれない。
そこは病人ということで大目に見ていただきたい……
……というのは私側の事情だろう。
様子を見にきた元将軍が困り果てるのも、仕方がないのかもしれない。
そこじゃない! そこじゃないんだよ黒歌鳥さん……!
→黒歌鳥の体勢
ひとりだと自力で上体を起こすことも出来ないので!
元将軍のお嬢さん、美人姉妹のお姉様が抱きかかえる形で黒歌鳥の上半身を抱き起し!
美人姉妹の妹さんが、消化しやすいように作ったとろとろの御粥を、口元に運んで「はい、あ~ん」と!
そこにやって来ちゃった、元将軍……
Oh……超居た堪れない。




