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黒歌鳥の暗躍――聖受暦1,537年日耀月7日 本日は初雪にて


 今冬最初の、雪。

 初雪だ。

 空からちらほらと舞い降りてくる、白い断片。

 そろそろ、頃合いか。


 舞踊る雪花の破片が町を白く染める頃。

 俺は寒さの中に凍えながら道を行く人々を見る。

 今日は月に1度の市の日だから、彼らは家に籠っていられない。

 薪代が値上がりしたこともあって、格安で物資を揃えることのできる市を外すことが出来ないのだろう。

 光熱費だけじゃない。

 全てが、もうずっと年々値上がりを続けていく。

 200年前は薪なんて家計に響かない必要経費の筆頭だったのに。

 どんどん悪化する社会情勢に、民は疲れ果てている。

 当然だと思うけれど。


 だが、それこそが私にとっては好都合。

 腐敗した国家がじわじわと民を殺す、この状況が。

 そのことに民達自身が気づき始めている、この状況が。


 だからこそ国家を倒す『英雄』の存在が、受け入れられるというもの。


 既に万難は排した。

 やれる限りを、手段選ばず全てやったと断言できる。

 思った以上に準備期間が短く済んだが、他国に旨い具合に火種が転がっていて良かった。

 ……火種の見当たらなかった国には、私が着火済みの火種を投じてあげたのだけれど。

 予想に違わず引っ掛かって踊り始めた隣国の王室を見た時は、人心を乱すのはこれほど容易いのかと拍子抜けした程だ。

 どのような過程を経ていたとしても、これで事が済むまでの間に余計な手出しを受けずとも済むだろう。

 他国の干渉というものは、不確定要素が絡めばどうなるのか予想し辛くなることもあるのだから。

 それを排除出来たことは僥倖だ。


 ――さて、と。

 空を飛べる鳥達に直接見てきてもらって、出された評価は『お人好し』に『人情家』。

 1度同情してしまえば、己の懐に入れこんでしまえば、驚くほどに情深くマメに面倒を見る気質。

 つけ込む隙には事欠かないようで、今までに彼の元を訪れて追い返されたのはいずれも経歴が黒い者ばかり。

 人を見る目はあるらしい。

 また経歴が一部黒く染まっていようとも、情状的に考慮できるような相手は受け入れている。

 例え実力的に北方暮らしで足を引っ張るような者でも、その者に出来ることを見つけて世話をしているらしい。

 何とも素晴らしい。 

 悪いあるモノを嗅ぎわける嗅覚も素晴らしいが……その面倒見の良さ。

 これなら、計画に修正は必要なさそうだ。



 そろそろ、頃合い。

 そう、私もこのあたりで『物語』に参じるべきだろう。

 尤も『語り部』たる私に、多くを語らせる必要はない。

 私は語られるのではなく、語る側。

 より克明に、劇的に、抒情的に……ドラマティックに。

 彼らの浪漫溢れる『物語』の開幕といこう。

 全てをより美しく語りあげ、この国を終わらせる。

 この国を『悪』として、全ての悪意の元凶として。

 さあ、起つとしよう。

 私が起たせて差し上げよう。

 この国の未来を潰す『英雄』に、精霊の祝福あれ。




 私は人でごった返す市の真ん中、広場中央の噴水の側。

 師から授けられた竪琴に手を添える。


 そうして、掻き鳴らした。

 

 英雄伝説の始まりを告げる、最初の一音を。



 


 何をやったの、黒歌鳥サン……?

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