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【オマケ】 あの子の名前は

補足というか、オマケといいましょうか。

これでこのお話も完結です。

皆様、長い間ありがとうございました!

 婚礼の夜の事。

 宴の席で、花嫁の父……この国の王になったばかりの男は、せめて飲んで憂さを晴らそうと大酒かっ喰らって男泣きに泣いていた。仕方がない、だって花嫁のパパなんだもの。

「今夜は無礼講だー!」

 やけくそ気味にそう叫んだ、次の瞬間。

「無礼講ですか? そうですか」


 バキッと。

 何故か陛下は花婿に殴られていた。


 誰も止めに入る余地のない程、自然体での右ストレート。

 花婿が花嫁の父を殴るって……普通、逆じゃね? と宴の席のみんなが思った。

 怖かったので誰もが口を噤んでいたけれど。

 殴られた頬を抑えて、被害者の国王陛下だけが抗議の叫びをあげた。

「て、てめぇ何しやがる!?」

「無礼講との事でしたので」

「無礼講だと舅殴るのかよテメェは」

「いえ。結婚の報告をした時、陛下に殴られたのが結構痛かったので。お返しです」

「お返しすんじゃねーよ! そこは甘んじて食らったままにしておけよ、そこで殴り返すのは絶対におかしいだろ!? しかもこんな時間差で」

「仕方がありません。今、思い出したので」

「俺、こんな義息子(むすこ)いやだー……!!」

 ……というような心温まるエピソードを経て、彼らが家族???らしき何かになってから、数年後の事。

 エルレイクの家名を与えられた一家……黒歌鳥(サージェス)の下に、第一子が誕生した。


 不気味なほどに父親瓜二つの息子さんだった。


 嫁の遺伝子が面影にすら感じられない、父親の血ばかりが濃厚に出た外見だ。

 エルレイクの領地で生まれた初孫のことを娘から手紙で知らされ、外見の特徴を聞いて祖父にあたる国王陛下が戦慄したくらいにはそっくりだった。

 出産は領地でのことだったので、いくら実の祖父でも国王が即座に駆け付けられる筈もない。

 幼い子供が長旅に耐えられる程度に成長するまで……一歳になるまで、祖父と初孫の対面はお預けだった。祖父の方からすれば、初孫との対面が楽しみであり、恐ろしいようでもあり……


 そして父親に連れられて登城し、ベルフロウ一家と対面した幼子は。

 ……前評判通り、恐ろしい程に父親そっくりだった。

 僅かばかりの救いは、似ているのが外見ばかりで仕草や反応は幼子のそれそのものだったことだろうか。

 あ、まともな子供っぽい……そんな当たり前のことに、何故か国王はほっとした。

「おお、これが初孫……おーい、おじいちゃんでしゅよー? えっと、あ、そうだ。この孫の名前は何ていうんだ?」

 今まで手紙での情報交換はしていつつも、なんだかんだで孫の名前を聞きそびれていたことを国王はここにきて思い出した。肝心の名前を聞きそびれるなど、ポンコツかとも思えるが……この時代、子供が生まれたからすぐに役所に出生届を――といった手続きをする必要がなかったのだ。貴族や特別な家の子供であれば血統を管理する意味もあり、貴族名鑑に登録もする。だがそれも出生率、生まれた後の生存率の低い時代であったので、生まれてすぐに登録するという意識がない。むしろある程度しっかりと育って夭折の心配がなさそうだと判断できてから登録するという家ばかりであった。大体にして五歳から七歳くらいに届け出るのがほとんどである。それも健康であったらの場合で、健康に心配があれば十歳を過ぎても登録せずに様子を見続けたという例もある。

 そういう事情があるので、子供の名前を焦って付ける理由はどこにもなかった。

 呼ぶのに不便であることは確かなので、なるべく早くつけるに越したことはないのだが。

 急かして変な名前をつけることがないようにとの配慮から、子供の親が宣言するまで子供の名前を尋ねないのは暗黙の了解となっている。

 だが流石に、生まれてから一年も経てば大概の親は既に名づけを終えているものだ。

 そろそろ此方から聞いても良いだろうと、安易な気持ちで陛下は初孫の名前を尋ねた。

 果たして、新米パパさんのお答えは!?


「子供の名前ですか? オニオンです」

「あい!」


 玉葱。


 さらっと新米パパさんがお答えした名前は、耳馴染みはするが斬新にも程がある……野菜の名前だった。

 父親がこの名前を告げた瞬間、自分が呼ばれたものと判断して元気よくおててを上げて自己主張した幼子の可愛さよ……その素直で無垢な反応がまた、平素から「オニオン」と呼ばれている現実を直視させられているも同然で。現実の一端を突き付けられ、幼子の祖父と伯父の胸がドリルで抉られた。かわいそう。

 流石にそれはない、冗談だと思ったヴィンスが空々しく笑う。

「あ、あははははー……黒歌鳥も冗談っていうんだねぇ。それで? 本当はなんて名前なのさ」

「冗談ではなく、正真正銘この子の名前は『オニオン・エルレイク』ですが」

「って本気で!? 冗談でなく!?」

「……おい? 黒歌鳥? どうしてそんな名前になった」

「この子が生まれる前日、領内の視察に出向きまして……その中で特にロブソンさんのお宅の玉葱畑がひときわ見事で」

「やめて! 可哀想! そんな理由でそんな名前つけられたとか、孫が可哀想!」

「すくすくいきいき、ロブソンさんの玉葱畑のように立派に育ってほしいと」

「やめたげて! 俺の心が痛むから! お前のネーミングセンスどうなってんの!? せめてもうちょっとマシな名前に改名したげて! っつうか改名しろ。国王権限で王命発動させんぞ? 俺が即位して初の王命だぞ? オニオンはやめろ。そんな名前にされるくらいなら、俺が名付ける……!」

「ですがこの子(オニオン)も、もうこの名前で呼ばれ慣れて定着していますし。呼べば返事をするんですよ? 完全に『オニオン』を自分の名前だと認識しています」

「……わかった、発音の響きが似ている名前にすりゃ良いんだろー!? オリオン……いや、ギニオンだ!」

「そうですか。名前は自己認識の第一歩ではありますが、どんな名前であろうと我が子に違いはありません。オニオン、お前の名前は今日からギニオンに変更です。良いですね?」

「はあい! ぎぃーおん、ね?」

「待て、お前は自分の子供(いっさい)にそんな態度で接してんの!? ちょっと他人行儀な気がするのは俺の気のせいですかー!?」

「それより僕は、しっかり話を理解しているっぽいその子の利発ぶりが怖いんだけど……」


 この後、十年くらい経ってから。

 自分の名前にまつわる顛末を伯父から教えられ、ギニオン少年は祖父に深く感謝したという。


 黒歌鳥(サージェス)とティファリーゼの間には、その後さらに三人の子供が生まれた。

 双子の男女と、末子の女の子と。

 いずれもエルレイクの領地で生まれ、祖父である国王との対面には幾らかの間が開いた。

「お久しぶりです、陛下。そしてこの子達が我が家の次男と長女、いずれも三歳になります」

「……んで、名前は?」

「さあ、陛下がお尋ねです。元気にご挨拶なさい」

「はい! エルレイクの次男、エシャロットです! 初めまして、国王陛下、王太子殿下」

「同じくエルレイクの長女、ラプンツェルです。どうぞお引き回しの程、よろしくお願いいたします国王陛下、王太子殿下」

「はきはき元気な挨拶だねー三歳にしてはやけにしっかりしすぎてる気がするけども」

「っつうか……またどっちも野菜じゃねぇぇかああああああああああ!!」


 エシャロット:ネギ属の多年草。玉葱に似た香味野菜。

 ラプンツェル:オミナエシ科ノヂシャ。主にサラダにされる。


 陛下がいきり立って叫ぶので、うふふあははと微笑みながらも双子ちゃんはさっと両手で自分達の……双子の片割れの耳を塞ぎあう。その顔は母親にとてもよく似ていて、姿は愛らしいことこの上ない。

「おい、一体どういう料簡でそんな名前にしやがった!?」

「当家の押しかけ家臣グラハムさんが城の畑で栽培し始めた野菜がとても見事だったので……」

「またそんな理由!? ……っつうかグラハム!? 戴冠式のちょっと後くらいから姿が見えねぇと思っていたらアイツ何やってんの!?」

「自分の作った野菜で僕の子供が強く元気に育ってくれたら本望だ――というので、じゃあ今度出産予定の子供の名前にしますと言ったら、膝から崩れ落ちて感激していましたよ」

「ほんとに何やってんの!? 何やってんの、アイツ!?」

「膝から崩れ落ちたって本当に感激してかなー。どうなのかなー。どっちだろうねー」

 遠い目でふふふと微笑みを浮かべる王太子殿下。

 かつての副官の思わぬ再雇用先(実は半ば予想していたが)に頭を抱える国王陛下。

 既に双子は三歳……今更名前を変えるのも難しそうだ。

 顔を覆って蹲ってしまった国王の両肩を、「元気出せよ」とばかりに双子がぽむぽむ叩くのだった。

「ちなみに次に生まれてきた子には、ロブソンさんとグラハムさんが合作で育てている人参(キャロット)の名前を付けるつもりです」

「お前はちっとは子供のこと考えて懲りろや……!」

 国王陛下の怒号は今日も、威勢よく王城に轟いていた。





 黒歌鳥のお子さんたちの名前一覧

  長男 ギニオン(改名前:オニオン)

   黒歌鳥激似の男の子。

  次男 エシャロット

   ティファリーゼ激似の男の子。ラプンツェルと双子。

  長女 ラプンツェル

   ティファリーゼ激似の女の子。エシャロットと双子。

  次女 キャロット

   黒歌鳥激似の女の子。



黒「……え? 子供の生まれ方がバランス良い、ですか? ああ、そうなるように調整してつくりましたから」

黒「どういうことか、ですか……妻が最初の子供は私によく似た男の子が良いというので、そうなるように調整しただけですが。二番目の子は妻に似た子供にしようと思ったのですが、男女どちらにするのか悩ましかったので双子にしました。そうしたら妻が私に似た女の子も欲しいというので……合計で四人ですね。男女半々で確かにバランスはよくなりました」

黒「調整の方法、ですか? 慣れれば簡単ですよ。まず最初にガラス製の器具を揃え、煮沸消毒するところから――ああ、あらかじめ似せたい方の親の遺伝子情報をサンプルとして採取して――――」

黒「本当に可能なのか? さあ……? ふふふ……冗談です」

 実は子供たちは試験管ベイビー疑惑、というネタも考えたのですが黒歌鳥が親では洒落にならないし、世界観の狂いっぷりが酷くなるばかりだと思って止めました。



書き込み切れなかった備考1

 グラハムさん達、前王家側で戦った人々の多くは新王即位に合わせて恩赦で解放されました。

 仕方なく従っていた人限定、ではありますけど。

 王家について甘い汁を吸ってた系の腐った人々は変わらず牢獄暮らし&強制労働を満喫中です。

 恩赦後、グラハムさんは黒歌鳥を追ってエルレイク領へ。

 後に野菜作りで意気投合したロブソンさんと結婚し、一男一女を授かります。

 その末裔は、エルレイク家の某天災おにいさまに振り回されて剣の道を究めたり、竜と戦ったりと波乱万丈な毎日を送ることになるようです。



備考2

 第一王女になったウェルメニアおねーさんは、武闘大会優勝者……ではなく、準優勝を決めた若者と後に結婚します。どうやら優勝者には問題があった模様で、ウェルメニアおねーさんと優勝者の婚約に準優勝者の若者が物申す形で一波乱あった模様。その後、無事に話が纏まったようです。

 そして黒歌鳥のお膳立てで公爵家に収まった若夫婦ですが、中々に初々しいカップルとなったとか。

 その末裔がオスカー様ん家だったりします。


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