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『魔術師の杖 THE COMIC』制作記  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第1話 その時は、突然に

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6/9

6.なろう362話(連載2周年記念SS)

※ネタバレ注意。コミカライズ1話に使われたエピソードが入ってます。

気になる方は読まないでください。

 レイメリア、きみに会いたい……ただそれだけが望みだった。


「王都での用事はこれで済んだな。ではデーダスへ移動する」


「かしこまりました。お戻りはいつになられますか?」


 人の気配がしない師団長室で、真っ白な髪に赤い瞳のエヴェリグレテリエが、立ち上がったグレンにたずねた。


「わからん……当分、()()が安定するまでは、デーダスにいるつもりだ」


「あれ……」


 主を見送るオートマタは、無表情にそうつぶやくとまばたきをした。


「研究棟のことはカーター副団長に任せる。何か手に負えなければオドゥに」


「はい、いってらっしゃいませ」


 デーダス荒野にぽつんと一軒だけ建つあばら家。


 その地下にグレンは新しい工房を造っていた。サルカス山地を水源にした水流が地底を流れ、荒野の地下には豊かな魔素が循環していた。


 錆びたペンキにきしむ扉……古ぼけた外観はわざとそうしたのではなく、デーダスの風はそれほど強い。


 グレンは転移してすぐに工房の鍵をあける。


 ひんやりとした冷気がただようのは、そこに()()()()を低温槽で保管しているためだ。


 低温にしてわざと生体活動を低下させ、ゆっくりと組織を修復していく。


 ただの治癒魔法では、急速に再生した組織がいびつになる恐れがある。傷のないきれいな体を再生するのに時間をかけた。


「もともと異界からきた、この世界には存在しない異質な者だ。それを定着させるために〝星の魔力〟とつなげた。世界を渡るのに使いきってしまったようだが、もともと内包する魔力量は多い個体だ。〝星の魔力〟で満たせばこの世界では不自由なく生きられるだろう」


 きょうは個体を恒温槽に移すことにしていたが、そうすると生体活動は活発になる。


 一瞬でも目を離せない……グレンは工房に長期間こもることを覚悟していた。


 そしてそれは予想以上に大変だった。グレンが水槽を管理する魔道具の数値をチェックしていると、脳に直接呼びかける声がする。彼女が目覚めたのだ。


「そこにいるのはだあれ?わたし、どうしてこんなところにいるの……おうちに帰りたい」


 ダメだ……彼女に「帰りたい」と望ませては。


 グレンはあせりつつも必死に呼びかけた。


「わしはグレン。お前を助けた者だ……名は言えるか?」


「……わかんない」


 それだけ言って、また彼女は眠った。


 一日のほとんどを彼女は水槽のなかで眠り、ときどき目覚める。


 そのたびに「グレン」と名乗る。それを何度かくりかえすうちに、彼女はようやく彼の名を覚えた。


 彼女は目覚めるとグレンを呼ぶ。


 泣きながらだったり叫びながらだったり、ときには歌うように。


 そこにいるのか確かめるように。今もまた、水槽のなかでピクリとまぶたが動き、彼女の意識は浮上したようだ。


「グレン……」


「起きたか」


 脳に直接響く声に返事をすれば、初めて娘はグレンに要求してきた。


「グレン、お話して」


「そうさな、きょうは深海に暮らす、人魚たちの王国について話してやろうか」


「人魚⁉聞きたい、聞かせてくれる?」


「かまわんが……いまのお前はまどろみの中にいる」


「まどろみの中?」


「夢を見ているようなものだ。覚醒すればすべて忘れてしまうだろう」


「忘れちゃうの……?」


「ああ」


「それでもいい、聞きたい……わたしにこの世界のことを聞かせて?」


「では……遠く南の海には海王が治める人魚の王国カナイニラウがある。そこは珊瑚に彩られし泡の王宮で……」


 娘はグレンの話を何でも聞きたがり、彼も語り続けた。あるときは樹海に棲む植物たちの戦い……魔獣たちの生態について。


 グレンとてこれほど人と話したことはない。


 魔術学園の臨時講師をつとめたときも、最愛の女性を相手にしていたときでさえ……。


 話しが尽きそうになっても、錬金術をやるただの手順さえ、娘はおもしろそうに聞いている。


「レンキンジュツ……やってみたい、おもしろそう!」


 娘の声が弾み、グレンはふっと笑った。


「お前が起きてもそれを覚えていれば、教えてやろう」


「うん、楽しみ……わたし、いつ起きられる?」


「最後に瞳を作って視神経とつなげる。そうすれば恒温槽からだして、ベッドに寝かせる。ただし体を自分の思い通りに動かすには、まだ時間がかかるだろう」


「リハビリかぁ……そうだよね」


 しょんぼりとした娘のようすに軽く笑い、グレンが工房からでると外には客がきていた。


 吹きすさぶ風に鼻も口も覆った男を見て、グレンはつぶやいた。


「オドゥか……」


「素材を持ってきましたよ、グレン……僕には転移陣を動かせませんからね。わざわざ陸路を使ってきたんです。中に入れてくれませんか?」


 エルリカから魔導車を借り、荒野を何日か駆けてきたのだという。オドゥは疲れた様子で眼鏡をはずし、こげ茶の髪をかきあげた。


「僕だって二人で招喚した()()がどうなったか気になるんです。見せてもらせませんか?」


 自分に何かあれば工房の管理はオドゥが引き継ぐことになる……そう思ったグレンは彼を工房に案内した。


 気配に気づいたのか、水槽で眠る娘はふっと笑みを浮かべ、また深い眠りに落ちていく。


 オドゥは恒温槽を食いいるように見つめた。


「あの子……僕を見て笑った!」


「夢を見ているようなものだ。はっきりとした意識はない……赤子が笑うようなものだ」


 娘から視線を外さず、オドゥはグレンにたずねる。


「どうやってこの世界に定着させたんです」


「毎日、話しかけ続けた。請われるがままにいろんな話をしてやった」


「どうやって?」


「…………」


 その不穏なようすにグレンが口を閉ざすと、オドゥは重ねて問いかけてくる。


「恒温槽に浸かったままの彼女と、話すにはどうしたら?」


「それを知って何とする」


「もちろん彼女と話をするんですよ。僕の魔力だって使った……あの子は僕のものだ!」


「ちがう!娘自身が決めることだ。それに今の彼女は『生きる』だけで精一杯だ」


 深緑の瞳が殺気を帯びた。成長したオドゥと本気でやり合えば、おそらくグレンが負ける。


「それを見ていろと?黙って待っていろというのですか?」


「そうだオドゥ、お前の望みは異界の娘を手にいれることではない」


 グレンの返事に、息子と同い年の弟子はぐっと拳をにぎりしめた。そして低い声で問いかけてくる。


「僕の望みは……家族を取り戻すことだ。ではグレン、この娘を()()使()()つもりなんです?」





ネリア(だれだ)?」


 目を開いたばかりの娘には、ぶっきらぼうすぎたかと、ゆっくりと確かめるように聞き直す。


「わしは〝グレン〟だ。お前さん、名前は?」


「―――」


 何か答えようとして、娘はすぐに答えられなかった。


 さまざまな表情がその小さな顔に浮かび……そして消え去った。


 どこか陽気でいつも楽しそうにグレンの話を聞いていた娘は、不安そうな顔をしてベッドに横たわっている。


「"ネリア"……でいい」


 しばらく経ってから、娘がつぶやく。


「ネリア?ネリアか……ふむ、そしたらネリア・ネリスとでも名乗るか?」


 提案すると娘はうなずき、困ったように眉をよせた。


「ねぇ、グレン……」


「なんだ?」


「世界が緑色なんだけど……」


「ふむ……色調補正の術式を忘れておった。追加してやろう……これでどうだ?」


 娘がパチパチとまばたきをすると、瞳の中央で瞳孔がすぼまり、グレンの顔に焦点があう。


 じっと彼の顔を見てから娘はいった。


「わたし、動けるようになる?」


「……ああ。だから今は眠れ」


「目が覚めたら……グレン、わたしにこの世界のことを聞かせて?」


『それでもいい、聞きたい……わたしにこの世界のことを聞かせて?』


 水槽にいたときと同じようなことを言うと、娘のまぶたは閉じられて、すぐに健やかな寝息が聞こえた。


 手を貸してやろう、この娘に。


 世界を見たいといったこの娘に、世界を見せてやろう。


 老いた錬金術師のさびついた心に、ひさしく感じることのなかった興奮が湧きあがる。


 それと同時にズン、と胸に重たい気配を感じた。心臓の魔石化は徐々にだが確実に進行していた。


「お帰りなさいませ、グレン様。()()のようすはいかがでございますか?」


 師団長室に戻るとすぐに姿をあらわしたオートマタに、グレンは返事をした。


「〝ネリア・ネリス〟だ。そう呼んでいる」


「ネリア……ネリス……」


 主を出迎えたオートマタは、無表情にそうつぶやくとまばたきをした。

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☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

作画:ひつじロボ先生

シリーズ公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
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